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0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『いつか眠りにつく前に』




ラホス・コルタイ『いつか眠りにつく前に』、

重い病で寝たきりの母、ヴァネッサ・レッドグレイヴを看病するナターシャ・リチャードソンら2人の娘は、母がハリスという男性の名前をよく口にすることが疑問だった。

そんな母のはっきりしない茫漠とした意識は、40数年前の親友ライラの結婚式の夏の日を回想していた。






スーザン・マイノットの小説を映画化したアメリカ、ドイツ合作映画。

死に直面した老女が、若き日の恋愛を病床で回想するお話。

ヴァネッサ・レッドグレイヴが病床の母役で、ヴァネッサの実の娘、ナターシャ・リチャードソンがそのままヴァネッサの長女役を演じ、ライラ役の若き日をメリル・ストリープの実娘、メイミー・ガマーが演じ、老いてからを母のメリル・ストリープが演じている、謂わばダブル母娘共演のキャスティングである。


お話はヴァネッサの回想の日々がメインで描かれている。

ヴァネッサの若い頃のクレア・デインズがライラ=メイミー・ガマーの結婚式に出るが、不本意な結婚に見えることをクレアが心配し、そこにヒュー・ダンシーが絡んでくる展開である。

クレア・デインズとヒュー・ダンシーはこの映画の共演がきっかけで、実際に結婚してしまったぐらいだから、2人が仲よさげにしている場面はとても息が合っている。

だから最終的にはこの2人が結ばれる話になりそうな気配濃厚なのだが、しかしクレアはあまりにも純情な愛情を自分に対して持っているヒューを酷く傷つけて振ってしまう。

クレアはヒューの気持ちに気がついていなかったのか、あるいは軽く見ていたのかは知らぬが、結婚式で知り合った男と平気でヒューの前で仲睦まじくしてデキてしまい、失意のヒューを無意識に傷つけた上に終いには罵倒しており、その後死んでしまったヒューに、クレア→ヴァネッサはいつまでも罪悪感と贖罪の気持ちを残すというお話である。

過去の回想場面が時代色豊かで古風なテイストで描かれているのはいい。

しかし、どう見てもクレアの鈍感さが諸悪の根源にしか見えない。

クレアは、明らかに自分に気があるヒューを弄ぶようにフレンドリーに接し、そのくせ平気で他の男とデキてヒューを傷つけ、終いには罵倒までするという無神経ぶりで、ババアになってから後悔し、罪悪感に苛まれるのも、謂わば自業自得である。

だから、老いたライラ=メリル・ストリープがヴァネッサの見舞いに来て、過去のヒューの事はあれはあれでしゃーないみたいな言い方で、ヴァネッサに自分の人生を後悔せず肯定しろ的なことを言うのが、極めて他人事の綺麗事に聞こえるし、なんとも白々しく見える。

母の後悔と贖罪のドラマにかこつけて、娘らのドラマが語られていくところもいかにもありがちなまとめ方という感じで、随所に魅力ある場面がよく出てくるわりに、どうにも懐疑的にならざるを得ない箇所が目立つ。

クレア・デインズはかなり魅力的なので、ヒューが惚れるのもわかるし、モテモテな設定なのも頷けるのだが、イマイチ腑に落ちない映画である。

過去の罪と現在を交互に描く傑作には、TV「コールドケース」シリーズがあるが、あのくらい構成が巧ければもうちょっと何とかなったろうに、その辺りが少々手ぬるい。

魅力的な場面もある悪くはない映画だが、もう一つ醍醐味がない一篇。 2018/03/20(火) 00:34:22 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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