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0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『ラブ&ピース』




園子温『ラブ&ピース』再見、

長谷川博己は、前はロックミュージシャンを目指していたが挫折し、それ以来、楽器の部品会社に勤めるダメ会社員として、周りにバカにされていた。

同僚の麻生久美子には恋心を抱いていたが、気が小さくて話も出来なかった。

ある日、長谷川はデパートの屋上で一匹の小さなミドリガメと出会い、運命を感じる。

しかし長谷川はある日、不遇な状況からの気の迷いでカメをトイレに流してしまうが、長谷川の破れた夢を聞かされていたカメは、それを実現しようとし始め、それが転機となり、長谷川はロックスターの階段を昇っていく。

ミドリガメは、西田敏行の謎の老人や、言葉を得た捨てられたオモチャたちの住む地下に流れ着き、そこで長谷川の夢を叶えようとする度に大きくなっていくが。







園子温が無名時代に書いた脚本を、25年経ってほぼそのまま映画化した特撮恋愛青春映画。

過剰にマンガチックでコミカルな芝居が目立ち、可愛らしい特撮が挿入されるばかりなのに、決してベタなファンタジーにダレることなく、随所に毒と皮肉と絶望が効いている、脚本の良さが実に際立っている作品である。

夢と現実と欲望と、夢から遠ざかった廃墟の関係を、コミカルな描写で見せながらも、かなりシビアに描いている。

長谷川がロックスターになったら、それまで長谷川をバカにしていた世間が手のひらを返して平伏す現実、

だけでなく、

夢を追いつつ、欲望にまみれていくことや、夢を継続していくことの苦しさや焦燥感、

その夢や才能を利用して金に変える音楽ビジネスの連中、

長谷川の大きな夢の流れに乗ったけど、自分たちの音楽的こだわりとの間で葛藤しているバンドメンバー、

その夢を支えている、長谷川が捨てた、今は地下に埋もれているカメの、長谷川への情熱と愛情、

元々は人間の夢から生まれた産物だが、夢から覚めた身勝手な人間に捨てられたオモチャたちの悲しい希望、

その捨てられたオモチャを拾ってきて命を与え、蘇らせる救世主にして、結局、また人間の身勝手な夢のために再生し、新品のオモチャ=プレゼントとして人間に配る、その絶望的なサイクルを、身勝手な人間のために生きているようなサンタクロースの西田敏行、

ダメサラリーマンだった 長谷川にも、ロックスターとなった長谷川にも、同じ目線で接している麻生久美子のニュートラルな視線、

ロックスターとしての最高の高みに立った長谷川が、これまでの自分の夢や欲望を捨て去るようにステージから姿を消し、昔住んでいた貧乏アパートに戻る、まるで真の自分に向かっていくような千鳥足の歩行、

このラストに、RCサクセションの「スローバラード」が流れるが、あまりにもこの場面にピッタリ合っていて、このラストは特に秀逸極まりない。

夢や欲望や現実など、儚い現世的な人間の渇望を全て通り過ぎた果てに、長谷川が辿り着こうとしている「自分自身そのものの」の場所へと、千鳥足で向かっていく、その、まるで浄化の道行のようなこの場面の痛々しいまでのすがすがしさに、「スローバラード」はあまりにもよく似合っていると強く思う。

長谷川の主観がメインで語られてはいるが、その周りにいるありとあらゆる存在や立場のシビアな思惑や感慨を、可愛らしい特撮やコミカルな描写の中、全て描こうとしているように見える。

それは無謀なことだが、それをこの映画は実現している。

そんな、実はかなりシビアな傑作である一篇。 2018/03/17(土) 15:12:54 その他 トラックバック:0 コメント(-)

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