0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『シャッフル』




メナン・ヤポ『シャッフル』、

サンドラ・ブロックは、郊外の一軒家で二人の娘や夫と共に暮らしていたが、ある日、出張中の夫のジュリアン・マクマホンが交通事故で亡くなったと知らされる。

突然の事態に慌てるサンドラは母親のケイト・ネリガンに緊急事態の手伝いを頼み、なんとか落ち着こうとするが、しかし翌日、サンドラが目を覚ますと、死んだはずの夫がキッチンにいた。





ドイツの映画監督、メナン・ヤポ監督のハリウッド・デビュー作。

まるで日にちがシャッフルされてしまったように、時制の感覚がおかしくなったサンドラ・ブロックが、夫の急死にまつわる1週間の出来事をパズルのように組み合わせて推理していくサスペンススリラー映画。

プロットは面白いし、周りに狂っているように思われていくサンドラが、なんとか夫の死の真相を究明しようとする推理展開には、確かなサスペンススリラーのタッチもあり、悪くない。

しかしながら、パズルを形成していくように解き明かされた真実がラストに発覚しても、それがいくつかあるパターンの一つに辿り着いただけみたいに見えて、結局イマイチどーでもいいような結末にしか思えないところが残念である。

また、そうした、いくつかの真相究明パターンの1バリエーションが開示されただけのようなバッドエンドが興醒めなだけでなく、その後に取って付けたような家族愛が匂わされて終わっていくところもどうもパッとしない。

サンドラ・ブロックは巻き込まれ型サスペンスがわりと得意な女優さんだと思うので、途中はそうつまらなくはないのだが、回収されていく伏線技にも、そう唸らせるほどのサプライズがない。

それはたぶん、家族愛をメインに据え、夫の行動の謎を夫への想いからサンドラが追うという展開なのに、娘と母サンドラの間にも生々しい葛藤がなく、また肝心の夫との関係にも肉薄するほどの骨がらみの男女関係が感じられないからだろう。

ただ単にサンドラ・ブロックを被害者的ないい奥さん、いい母親という記号的設定にしか描き得ていないので、夫を愛していても、その裏にある無意識的な暗い嫉妬や疑念や情念がサンドラに感じられず、娘が大怪我をした際にも、自責の念に引き裂かれるような心の痛みが、サンドラの描写にあまり感じられないのである。

そうした人間心理の暗部や、仲の良い家族関係にも潜む無意識の暗黒やら引き裂かれた心理の痛さを、かってのヒッチコックならニューロティックな気配として描き込んでいたものだが、この映画はどこまで行ってもサンドラの被害者意識を錯綜させる記号として、夫や娘らが描かれているように見えてしまう。

こうした人間ドラマの錯綜性の無さや浅さが、ラストの真相発覚すら薄味なものに着地させてしまっているように思える。

プロットは悪くないし、そうつまらないわけでもないが、サスペンススリラー映画は人間ドラマが薄味だと映画自体も薄味で終わってしまうという”負のパラドックス”にハマってしまっているのが惜しい一篇。 2017/12/12(火) 00:05:50 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://shoheinarumi.blog18.fc2.com/tb.php/1898-27e5f32f