0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『ブライアン・ウィルソン ソングライター PART2 ~孤独な男の話をしよう~』




ロブ・ジョンストーン『ブライアン・ウィルソン ソングライター PART2 ~孤独な男の話をしよう~』、

ポピュラー音楽史に残る歴史的バンド=ザ・ビーチ・ボーイズの中心人物にして、名曲の数々を作ってきた天才ソングライター・ブライアン・ウィルソンの、絶望と失意のドン底時代を語る、ドキュメンタリー・シリーズのパート2。

このブライアンの暗黒時代の話はたまにチラホラ聞いてきたので、ドキュメントとしてはパート1以上に興味深いものだった。

前作のパート1では、デビューからブレイクしていく栄光の7年間の光と影や、その音楽的変遷を語っていたが、それでも後半になるとバンドやブライアンの錯綜や混乱、時代の潮流から離れていく兆候が語られていた。

それがこのパート2になると、そのトバ口から一気に凋落し錯乱していくブライアンと、ザ・ビーチ・ボーイズの苦難の時代となり、その時代(1969~1982年)の真相を中心に捉えている。

監督がロブ・ジョンストーンに変わっているが、パート1の監督、トム・オーディルは編集で参加している。

幻のアルバムだった『スマイル』が当時封印された理由や、それ以降、ドラッグ・酒に溺れ自暴自棄になって孤立し、凋落していくブライアンの変遷を中心に追いながら、低迷期のザ・ビーチ・ボーイズの名曲やブライアンの幻の音源についても、ブルース・ジョンストンや、レッキング・クルーのハル・ブレイン、ザ・タートルズのマーク・ヴォルマン他などなどの、ブライアンをよく知る人物たちが秘話を交えてその楽曲の詳細な分析とその時代のブライアンの惨状を証言的に語っている。

またその後、有名な精神科医のカウンセリングを受け、周りの関係者の尽力もあって、1988年に初のソロ・アルバム『ブライアン・ウィルソン』で完全?復活したブライアンが(いや、あれを完全復活と言うかは意見が分かれるところだろう。当時、ほとんどアシッドフォークの退廃感すら感じたのだが)ライヴを行い音楽活動を展開、ついにはビーチ・ボーイズ結成50周年再集結プロジェクト(2012年)に加わり、新作アルバムとワールドツアーに参加するまでをも捉えている。

ドン底時代のブライアンは、メンバーとの不仲、確執(特に批判的だったのがマイク・ラブらしい)などもあり、精神的にはさらに追い詰められていく。

アーティストとしても、または時代の寵児としても凋落していき、単にミュージシャンや作曲家として低迷しバンド内の人間関係が悪くなるだけでなく、ブライアン自身が精神的に荒廃していったわけである。

しかしそんな中、私も好きなデュオで、ブライアンの当時の妻マリリン・ウィルソンとその妹のデュオ、スプリング(アメリカン・スプリング)をプロデュースしたことが、ブライアンにとってかなり癒しになったというか、平常心を取り戻す糧になったらしい。

アメリカン・スプリング自体は当時あまり受け入れられなかったようだが(後に高い評価を得るようになる)、しかしやっていることはこの時代に生み出したA&Mサウンドやブライアンの楽曲の良質な部分の塊だった。

ビーチ・ボーイズだとか、世界の天才スーパースターだとか、時代の寵児だとか、厳しいステージパパとの関係やその喪失による不安だとか、ブライアンは様々なものに取り囲まれ身動きが出来なくなり、その上で色んなものを失っていったし、終いには自らの輝いていた歌声まで失っていた時代もあったわけだが、それでもそんな中でのアメリカン・スプリングの瑞々しさや清涼感は、ブライアンにとって、原点返りのための大きな意味があったのではないかと思う。
そこで(この映画に出演もしている)作曲家のデヴィッド・サンドラーとコラボしたことも良かったと思う。

この時代の天才ミュージシャンはブライアンもこれほど波瀾万丈だが、フィル・スペクターなど今も刑務所に入っており、何ともその作り出す多幸感溢れる楽曲とは真逆の現実が意味深すぎるが、このドキュメンタリーシリーズのパート2は、ブライアンのそんな暗黒時代を証言を交えた客観視でじっくり語っており、中々見応えのあるものになっている一篇。 2017/08/12(土) 00:06:46 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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