0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『俺たちは天使じゃない』




ニール・ジョーダン『俺たちは天使じゃない』再見、

1935年に、ロバート・デ・ニーロとショーン・ペンは、カナダ国境近くのアメリカ東部の刑務所に服役していたが、殺人犯のジェームズ・ルッソの死刑執行に立ち会った時、ルッソが隙を突いて脱獄し、デ・ニーロとペンも巻き込まれて一緒に脱獄することに。

二人はニューイングランドの町に逃げるが、国境を越える手続きをした時、神父を騙ったため、たまたまた元々2人の神父が派遣されるはずだった教会に行くことになり、そこで修道院生活をするハメに。

なんとか二人は国境を越えようとするが、デ・ニーロは聾唖の娘がいるデミ・ムーアと恋仲になる。

そのうちデ・ニーロらを追う刑務所長一行が町にやって来るが。







マイケル・カーティスが監督した1955年の作品のリメイク作。

アルベール・ ユッソン、サム&ベラ・スピワックの原作戯曲をラナルド・マクドゥナルが脚本化したオリジナルを基に、デヴィッド・マメットが脚色した1989年版。

刑務所を脱走したデ・ニーロとペンの珍道中を描いたアクション・コメディ映画だが、デ・ニーロはエグゼクティヴ・プロデューサーと主演を兼ねている。

わりとテンポのいいタッチ、デ・ニーロだけでなく、まだ若々しいショーン・ペンもコミカルな味を出し、安定した出来のアクション喜劇映画に仕上がっている。

デミ・ムーアの聾唖の娘を同伴させることで国境を越えようとデ・ニーロが画策するも、母のデミと揉める挿話と、続く殺人犯のルッソが撃たれ、大怪我して町に来て、自分を助けないとデ・ニーロらの正体をバラすと脅してくる展開、

それと偶然祭りの説教者に選ばれたペンがアドリブで感動的な説教=スピーチをしたことで、それに感動したデミがデ・ニーロに娘の同行を許すという展開が、偶然が偶然を呼ぶ形で連結し、お話がコミカルに転がっていくところなど中々巧い。

また、山車に隠れたルッソと警官隊の対決に巻き込まれた聾唖の娘が川に落ち、それをデ・ニーロが助けて、犯罪者のヒーロー譚っぽくまとまる展開もよく出来ている。

まあ、娘がそれで喋れるようになるのは少しご都合主義に見えなくもないが、結局お話の繋がり方がうまいのでそんな感じもしない。

ショーン・ペンが最後教会に残るのも、変化していくペンの意識と見事なスピーチという伏線があるので必然的な選択に見える。

デ・ニーロと命を救った娘とデミが三人でカナダヘ行くという終わり方も、ハリウッド映画のハッピーエンドとしては無理がない。

全体の有機的な繋がりや展開がテンポよく巧く流れていき、その中でデ・ニーロやペンら名優がコミカルに好演を見せている、映画的連続体の連繋の巧さが光る、今見直しても色褪せていない秀作な一篇。 2017/07/01(土) 00:07:40 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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