0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『野獣死すべし』




廣西眞人『野獣死すべし』再見、

新聞工場の印刷工をしている伊達邦彦=木村一八は、刑事の山西道広を轢いた後射殺し、山西の拳銃を奪う。

その銃を使って中国マフィアの金を奪い、身元がバレると、拾ったゲイを連れて逃走し、ゲイを囮にして敵を射殺する。

だが一発で撃ち殺す、その見事な拳銃の腕前故に、そこから刑事の永沢俊矢に疑われるようになる。




大藪春彦原作の、3度目の映画化作品。

伊達邦彦を木村一八が演じている。

しかし伊達邦彦を、新聞工場の印刷工で、小さい頃に目の前で両親を殺され、その仇を取ろうとする男という、なんともB級復讐アクション映画にはありがちな設定にしたことが映画をつまらなくしている。

元々伊達邦彦のやってることは、基本的には身勝手極まりない、ただの強盗殺人でしかない。

それでも原作や松田優作主演の映画版のように、戦争というものに翻弄され、それなりにインテリなのに、戦争のトラウマから狂ってしまった男という設定なら、まだ狂気と怒りと犯罪というものの関係に意味深な厚みも感じられるが、妹思いの印刷工が過去のトラウマからただの強盗殺人を繰り返し、結局仲間も恋人も殺す話など、ハードボイルドな非情さという感じでは全くなく、ただの卑劣な強盗殺人犯を描いているにすぎないように見えてしまう。

木村一八は、ひょっとしたら顔立ちやルックスは一番原作の伊達邦彦に近いんじゃないかとさえ思えるのだが、しかし設定に伊達邦彦らしさがあんまり感じられず、ただの卑劣な強盗殺人犯の設定にしか見えないため、随分損をしていると思う。

後半クライマックスの永沢俊矢と木村とのガチンコ対決も、ほとんど永沢が木村を半殺しにしているのに、グダグダやってて木村に射殺されるというのは間抜けすぎる描写である。

過去に両親を目の前で殺されたトラウマ抱えた下層の印刷工が強盗殺人犯として暴れ回る話に変えたなら、それをノワールな狂気として描けばいいのに、そういう掘り下げ方もあんまりやってない映画である。

そんな、どうにもチグハグ感ばかりが目立つ一篇。 2017/06/06(火) 00:06:10 大映 トラックバック:0 コメント(-)

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