0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『シマロン』



ウェズリー・ラッグス『シマロン』再見、

1889年、放浪癖のあるリチャード・ディックスは、オクラホマにて土地獲得レース=グレート・ランに参加するが、後一歩のところで、悪党の情婦エステル・テイラーの策略により、土地を獲得出来なかった。

故郷に戻ったリチャードは、家族の反対を押し切り妻のアイリーン・ダンと息子を連れてまたオクラホマに戻り、オーセージという街で新聞を発行しようとする。

前の新聞発行者は殺されており、リチャードは街の悪党一味の仕業と思い、無法者たちと対立するが、ある日賭博場を教会の代わりにした集まりで、リチャードは悪党のボスを正当防衛で射殺し、その後、昔の友達だったが無法者の強盗を殺して街を救い、一躍名士となる。

しかしまたまた放浪癖からリチャードは開拓の旅に出てしまう。

残された妻のアイリーンは二人の子供を育てながら新聞社を経営するが。







エドナ・ファーバーの原作を映画化したアメリカ開拓史的映画。

第4回アカデミー賞で、最優秀作品賞と脚色賞を受賞している。

調子のいい開拓精神溢れる放浪者のようなリチャードが、次々とアメリカの新しい時代を切り開いていく様が描かれている。

リチャードは放浪し出すと映画から一瞬消えてしまうのだが、戻ってくるとまたまた英雄的活躍をし、絶えずフロンティアスピリッツを見せつけるが、妻のアイリーンがその度に旦那に振り回され、苦労する様も描かれている。

このアイリーン演じる妻は、最初リチャードにオクラホマに一緒に来るよう言われると父母の反対を押し切って行ってしまうのだが、思った以上に荒くれ者の多い街に来たら、最初はやたら怖がっている。

しかしリチャードに発砲した悪党にはブチ切れて詰め寄った挙句、罵詈雑言まで浴びせるという行動に出ており、一体小心者なんだか気が強いんだかよくわからないキャラ設定である。

最終的には、この映画はこのアイリーンの紆余曲折人生のお話のように終わるが、しかし映画全般的には、リチャードの開拓精神とならず者の排除、先住民族への配慮、新聞の発展、平等な人権意識などなどを次々進化させていく姿がメインであり、これはアメリカの民主主義の進化とも重なる。

テンポよく展開していく映画で、西部劇的な銃撃戦も描かれ、最後も議員になったアイリーンの横で、消えていた夫リチャードがまたしても英雄的に人々の命を事故から救い、自己犠牲的な死を迎えてエンドとなる。

アメリカ開拓史映画的な側面があるものの、そう堅苦しくならず、活劇的な要素や様々なドラマが入り込んで面白く見られる佳作な一篇。 2017/03/25(土) 08:03:31 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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