0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「Oh!透明人間」



右田昌万「Oh!透明人間」、

標永久は、親戚の家に下宿する高校生だが、この下宿先は全員女性の一家だった。

ある日、苦手なイクラを嫌々食べた標は体が消えてしまう。

イクラを食べると透明人間になれる不思議な能力が備わった標は、元々気があった次女の栁本絵美を覗こうとする。

そして学校でも透明人間になって事件を起こす。

だがある日、隣家の村上友梨の家に行ったはずの桝本が行方不明になる。

標はイクラ瓶を持って、桝本を探すが。




1980年代に「少年マガジン」で連載された中西やすひろの昭和のヒット漫画の映画化。

平成ウルトラマンの特撮スタッフが実写化し、下宿先のおばあちゃん役が「ウルトラマンA」の南役=星光子だったりするので、多少はマシなものになったのかとも思ったが、原作の題材が元々ユルすぎるからか、やはりなんともイマイチすぎる出来である。

まあ、この原作マンガを映画化してちゃんとしたものにするのが難しいのはわかる。

よく傑作の誉れ高い人気マンガの実写映画化が駄作になるのとも違い、この映画の場合、そもそも物語の醍醐味だとかマンガとしてのスリリングな展開で唸らせる原作マンガを映画化してるわけではないからだ。

あのマンガは、単に80年代の少年漫画誌に、子供向けにしてはチョットエロいマンガが、わりと爽やか目な画で連載されていたこと、それ自体に意味があったような作品だったと思う。

だからあのユルいライトコメディ感とちょっとした子供向けのエロをまぶしたものを実写映画にしたって、どうしたって所詮こんな程度のものにしかならないのは必然かもしれない。

だが、それでもあの原作マンガが大ヒットしたのは、子供にとっては意義があったからだと思う。

つまりあのマンガには、成人向けのエロよりかなり大人し目のソフトなエロが単に描かれていたわけではなく、性にどんどん目覚めていく少年特有のドキドキ感がライトなタッチで描かれていたと思う。

だから実写映画にする際にも、タッチはライトコメディ風でも、そのぐらい目線を下げて、子供の視点や子供の気持ちメインで描かなくては意味がまるでないのに、この映画はそういう肝心な点に全く無頓着としか言いようがない。

これでは、ただ昭和に流行った子供向け艶笑漫画を、今の時代の大人向けなVシネ系のソフトな艶笑喜劇の形式に当てはめているだけである。

だからイマイチな出来になったのには少し無理からぬところもあるとは言え、やはり肝心なことがわかっていない映画化だとも思う。

そんなちょっと残念な一篇。




2016/07/19(火) 00:06:30 その他 トラックバック:0 コメント(-)

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://shoheinarumi.blog18.fc2.com/tb.php/1750-7a71d2d6