0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「オープン・ウォーター2」




ハンス・ホーン「オープン・ウォーター2」再見、

スーザン・メイ・プラットは、生まれたばかりの娘と夫のリチャード・スパイト・ジュニアと一緒に、スーザンの昔の恋人エリック・デインのヨット・クルーズに招待されたためメキシコへ向かう。

そこには旧友のニクラウス・ランゲらもいて、仲間は楽しく出帆する。

最初は楽しかったクルージングだったが、船の甲板に上がるための縄ばしごを下ろさなかった致命的なミスから、皆が海中に入って、そこから逃れられず、船に上がれない状況となる。

海上にて命の危険にさらされることになった6人は恐怖から仲違いをしてしまうが。



前作はアメリカ映画だったのに、パート2はドイツ映画となったシリーズ2作目。

今作も実話を元に映画化した作品だが、しかし下手くそな描写やバカバカしいほどにバカばかりが出てくることを「実話だから」の一言で免罪符にしてしまおうとしているようなあざとさが感じられる映画である。

実話であろうが、出てくる連中はバカやクズみたいな奴ばかりだし、そいつらが愚かなミスをしでかして生死を彷徨う状況になってしまったことはまあ仕方ないにしても、その後の事故処理がバカすぎて、逃げ場のない海の上のリアルな恐怖と言うより、バカばかりが海の水に浸かって間抜けなコントをやってるようにしか見えない映画である。

そんなコントじみたまるで緊張感のない弛緩したダメ映画を「実話だから」ってのを免罪符にして、海上パニック映画ヅラしてるだけの映画である。

そりゃ極限状況での人間は、あずかり知らぬ海の上でバカなこともやってしまうだろうし、それがハタからはコントに見えてしまうこともあるだろうから、そんな描写は逆にリアルだとも言える。

しかしバカがバカなことばかりやり過ぎて、パニック映画や極限状況でのサスペンススリラーとしての緊張感や、肝心のリアルなヤバさみたいなものがまるで描けていないというのは褒められた話ではない。

だいたい極限状況の生き残りを賭けた状況では、パニック映画のヒーローのご都合主義的活躍ほどではないにせよ、火事場の馬鹿力のような能力や知性だって多少働くだろうに、たぶん実際の実話の方にはそれが少しはあったはずだが、この映画はバカが極限状況でさらに愚かになるばかりである。

それでも終盤のヒロインの行動がマシなので、それなりに終わっていくが、実話実話謳うわりには、リアルな緊張感は薄いし、なんともイマイチさばかり目立つ一篇。







2016/06/21(火) 00:11:05 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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