0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「ヤンママ愚連隊3」




光石冨士朗「ヤンママ愚連隊3」再見、

小沢まどかは、子持ちの母となり、女トラッカーとして働きながら娘を育てていた。

夫が死んで5年が経ち、その忘れ形見である娘は元気に育っていた。

女トラッカーとして活躍する小沢らだが、ある日、3人の密入国者を不意に拾ったことから、予期せぬ事態に巻き込まれていく。



名作シリーズの三作目にして最終作。

小沢まどかは今では子供を抱え、死んだ夫のことを思いながら仲間と女トラッカーをして暮らしているが、そこでの小さなはぐれ者たちの、辛い現実に直面し喧嘩しながらの恋愛や生活の情緒がとてもいい。

村山竜二のブルージーなサントラが、そんな情緒をさらに見事に際立たせている。

まさに光石節全開のメロウな情緒が溢れ返っているが、コミカルな展開の中、密入国者と出会って小沢らは事件に巻き込まれていく。

そこで仲間を失い、小沢まどかはトラックに乗り込み、仲間の報復の殴り込みに出るが、基本的に小さな情緒ある生活と楽しくも哀しい青春を描くと同時に、ヤンママたちの任侠道的な義理と人情の精神を描いているシリーズなので、ラストはまさしく少々時代錯誤な任侠映画の殴り込みの様相を呈する。

しかしその時代錯誤感が、ヤクザ映画すらすでに単なる任侠映画ではなくなっているのに、こんな辺境の小さなヤンママの中にしかもう任侠道の義理と人情の精神は残っていないような哀愁と儚さを感じさせる終わり方をする。

そのラストの小沢まどかの殴り込みは、そんな精神の純粋形態はもうこれで終わりなのだと訴えているような、抒情的な絶滅感を漂わせている。

痛々しくも哀しい青春のメロウさとバカバカしさ、そして時代錯誤な任侠道的義理人情の絶滅的な残り香の哀愁と儚さと、死の臭い。

光石節とはそうしたものを抒情的な情緒で作品に刻印する一つの精神だと思う。

このシリーズ最終作にはそれがよく出ていてあまりに秀逸である。

日本映画史に残るべく名作シリーズの、見事な傑作である最終作の一篇。














2016/05/31(火) 00:06:42 Vシネマ トラックバック:0 コメント(-)

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