0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「悶絶 ほとばしる愛欲」




榎本敏郎「悶絶 ほとばしる愛欲」再見、

会社員の吉岡睦雄は、かって同棲していた女が不倫相手と別れたことを知り、女の実家に行くが、そこで彼女の死を知らされる。

そこから吉岡は女の幼馴染と出会う。



第3回ピンク映画シナリオ募集にて準入選となった、佐藤稔の「ニコミホッピー」の映画化作品。(DVDタイトルは「ほくろ」)

別れてしまった女に未練を残す男の話。

この映画は一見いい映画に見えるのだが、しかしどこかしっくりこない。

いつも吉岡と酒を飲んでいる、吉岡と同じ女と過去に関係があった下元史郎(好演)と、華沢レモンがいいカップルだったりと魅力あるシーンはあるものの、なんとなく映画が終わりに近づくと、単に調子よく競馬にハマってシステムの中をヌルく生きてる連中の感傷映画にしか見えなくなってきて興醒めしてしまうからだ。

感傷映画と言ってもこの映画の製作年頃に流行った死んだ恋人に思いを馳せる安いお涙純愛映画のような描き方ではないし、別に変な感傷を煽っている風でもない。

しかし出てくる人物が一見破滅型の根無し草みたいな博打打ちなようで、妙にショボくシステムにしがみ付いて生きてるだけの相貌が徐々に見えてきて、消えた女に未練をやたらと残すわりには、そんな感傷自体が命懸けの真剣なものには見えない。

そこには感傷はあっても狂気が感じられない。

だからショボくシステムにしがみついている程のいいギャンブラーの、程のいい感傷映画にしか見えないのだ。

勿論こうしたちょっとした恋愛の感傷を持つ人はよくいる。

だが現実にいるこの程度の感傷を持った人は、この映画の吉岡のような、あからさまに恋愛メロドラマの主人公に酔っているような顔はしないだろう。

自分のそうした感傷がメロドラマ未満のものにしかならず、どこにも回収されずに日常に埋没し紛れ込んでいってしまうことへの絶望をもっと抱えているはずだ。

随所にわかりやすい暗示みたいなものが描かれる微妙な語り方をしているわりに結局ベタに見えるのは、そうした懐疑点があるからだ。

そんな妙にしっくりこない一篇。

2016/03/19(土) 00:36:11 その他 トラックバック:0 コメント(-)

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