0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「仮面 /ペルソナ」




イングマール・ベルイマン「仮面 /ペルソナ」再見、

舞台女優のリブ・ウルマンは、女優として評価が高く、プライベートでも良き夫と子供に恵まれ幸せに暮らしていたが、ある時舞台で言語障害を起こし全身麻痺となる。

療養することになったウルマンは、看護婦のビビ・アンデショーンと海辺の女医の別荘へ行くが、アンデショーンは聞き取りにくいウルマンの言葉を理解し看護に尽力する。

二人は立場を超えて仲良くなるが、徐々に二人の意識の共有が始まり、ウルマンの出産話がアンデショーンにつわりを起こさせ、アンデショーンの性欲がウルマンに伝播してしまう。

その後アンデショーンはウルマンに、かって男たちと戯れた時妊娠し、堕胎したことを話すが、ウルマンはそのことを女医への手紙に書いてしまい、それを偶然読んだアンデショーンは怒りだし、そこで生まれた憎しみすらもお互いが共有することになる。




ベルイマンが見出したリブ・ウルマン初主演作で、ほとんど二人の女がすざまじく絡むのが圧倒的メインの異様な映画。

ルックスがよく似ているアンデショーンとウルマンが徐々に同化したようになり、まるで鏡像的かつドッペルゲンガー的、または双子的相似形に転化していく様相が不気味な静けさと、スヴェン・ニクヴィストによる鋭くも美しいモノクロ映像で捉えられ、不思議な臨場感を生成している。

後にこの映画は多くの映画作家に影響を与え、その後作られた幾つかの映画に如実に影を落としているが、特にデビッド・リンチの「マルホランド・ドライブ」など、リンチ版「仮面 /ペルソナ」ではないかと思えるほどである。

しかし、久々に見直してみて思うことは、意外なほどにこの映画と相似形を成す映画はあまりないということである。

確かに二人の女が鏡像的な関係となり、ドッペルゲンガー的な同体化を成す、この映画からのテーマや設定や概念的な影響映画はかなりあるのだが、しかしそれを身体的なまでに生臭く、骨絡みなまでに表現し、にじり寄った映画はジャック・ドワイヨンの「女の復讐」他数本しかないと思う。

この映画がかなりの時を経ても輝き続けているのは、テーマの普遍性やモノクロ映像のあまりの美しさ故でもあるが、しかしやはり、この身体的かつ骨絡みの葛藤の生々しさから発散されるエモーショナルな息吹の強烈さが時代を超えて損なわれていないからではないかと思う。

後半の熾烈なまでのウルマンとアンデショーンの演技合戦が過度に不気味なのは、モノクロ映像の静謐さの上に生な身体と骨絡みのエモーションが強烈に浮かび上がり、鏡像的に二つの身体が同体化しつつもそれが切断的に乖離する実験的物理現象のようなものの火花がスパークしているからだろう。

後に似たような設定、テーマ、概念的類似の映画は多く作られ、中にはそちらにも秀作はあるが、まだまだそれらの影響映画に超えられていない作品だと思う。

映画的にはルキノ・ヴィスコンティの大傑作「イノセント」ぐらいがかろうじて双璧を成すレベルにあるように思える、歴史的名作な一篇。









2015/10/17(土) 01:27:12 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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