0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「ベニスに死す」

ベニスに死す [DVD]ベニスに死す [DVD]
(2010/04/21)
ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセン 他

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ルキノ・ヴィスコンティ「ベニスに死す」再見、

水の都、ベニスに来ている老作曲家、ダーク・ボガードはホテルに滞在中の金持の息子のような美少年・ビョルン・アンドレセンに惹かれ、少年の後を追い回すようになる。

少年もボガードを気にしているようだったが、そこからボガードは老いを隠すために髪を染めたり化粧までするようになる。





マーラーの交響曲第五番四楽章が鳴り響く、トーマス・マンの原作を映画化した実に不思議な作品。

ボガードの作曲家はマーラーがモデルっぽいが原作では作家の設定である。

ヴィスコンティ映画には「地獄に堕ちた勇者ども」や「イノセント」他の稀有な傑作があるが、ヴィスコンティ作品で最も誉高いこの映画はどうにも昔から不思議でしょーがない。

昔初めて見た時、男色の変態ジジイが美少年を追い回してやたらとくどくどしい芝居で大騒ぎするイタリア艶笑喜劇なのかと思ったくらいである。

だから初見は笑いながら見たのだが(苦笑)、その後名作映画の夕べみたいなのでまたこの映画を見る羽目になった時、この映画が大好きというオッサンが上映前に解説してくれたのだが、これがまたなんともわかったようなわからないような解説で、だいたい周りで名作だと言ってる奴がみんなあのダーク・ボガードの美少年好きは理解出来んし気持ちもわからんが名作だと言ってるのを聞いて(なんじゃそれは 笑)益々意味不明になったものだった。(まあそれもハリウッド50年代のノワール犯罪映画や鈴木清順映画にそう言うならわからんでもないのだが)

今でもそんなわかったようなわからないようなことを平気で言ってる人がわりといるが(笑)、この映画はそんな主人公の気持ちはわからんけど感動的な名作だ、名画だと長年人々に言われ愛されてきたという珍しい不思議な映画だと思う。

回想シーンのダラダラ感にダーク・ボガードの今なら二時間ドラマで本田博太郎がやりそうなやりすぎ演技(苦笑)、そもそもボガードのやってることは男色のオッサンによる美少年へのストーカーだし、バレバレの若造りのために毛染めしたり化粧したりとキモくなっていくオヤジが、最後に心臓発作で死ぬお涙エンディングなら何でもかんでも感動作ってことでいいのかよと思う。(笑)

だいたい、そんなに主人公に感情移入もできないのに傑作、傑作言うなら、この手の題材を世界中の腐女子でも当て込んでバンバン撮ればいいじゃないかとも思うのだが、まあその後こういう映画はあんまり作られたことがない。

ゲイ映画の中で似たような作品が作られ、一部で傑作と呼ばれているが(確か山崎邦紀作品)それも一部で言われただけで、この映画を名作名作言ってる連中が劇場に詰めかけたなんて話はあんまり聞かない。(苦笑)

しかしながらこの美少年・ビョルン・アンドレセンが実はダーク・ボガードの若かかりし頃の姿の幻影であり、全てを失った老作曲家がまるで死ぬ前に見た自身の輝かしき時代の幻影を美少年に見ているという解釈をするなら、この映画もわからんでもない実にヴィスコンティらしい映画と言えなくもないだろう。

他の作品でも没落貴族の栄光と堕落と退廃を何度か描いてきたヴィスコンティが老いた没落貴族のような老作曲家が死ぬ前に見る走馬灯のように、自身の少年だった時代の幻影をこの美少年に投影して見ている、その人生の走馬灯自体がこのフィルムなのだと解釈すれば、まあヴィスコンティ映画として納得出来んこともない。

この映画が人間が人生の最後に見る走馬灯そのものなのだとしたら、それをマーラーの音楽で悲しく盛り上げ、水の都の美しさで荘厳に彩ろうとした意図もわからんでもない。

ダーク・ボガードがただのキモイオッサンとして強調されているのも、崩壊していく人間の末路の哀れさと没落貴族の情けなさを目一杯表象しているということかもしれない。

ダーク・ボガードの気持ちはわからんし、感情移入出来ないが名作だという昔からの多くの絶賛評価は、それで言うと、他人の気持ちはわからんが、人間の人生最後の走馬灯はやはり美しいから高評価ですという言ってるに等しくないかと思えてきてしまう。(苦笑)

評価のされ方も含めてやはり不思議な映画だなと思う一篇。
2014/04/15(火) 13:45:20 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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