0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「総長の首」

総長の首 [DVD]総長の首 [DVD]
(2009/10/21)
菅原文太、清水健太郎 他

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中島貞夫「総長の首」再見、

関東大震災後の昭和10年代の浅草には二大勢力のヤクザ組織が拮抗していたが、そこには愚連隊一派もいて、若いチンピラが大組織の組員を殺す。

殺された組は怒り、岸田森の殺し屋を差し向けて愚連隊のリーダーを殺すが、その頃菅原文太が帰国し、文太は愚連隊の二代目となり、抗争の渦中に入り込んでいき組織の総長の首を狙う。






東映ヤクザ映画が下火になり始めた頃の作品。

1970年代は「仁義なき戦い」他数々の生々しくも活きのいい実録ヤクザ映画を量産した東映だが、1979年頃から80年代ともなると、もはや東映ヤクザ映画に時代錯誤な感じが漂い始めていて、この映画は封切り時に見に行ってそのことの予兆を感じさせられた作品である。

池玲子が出ているが、もはや中年女のような感じで東映ピンキーヴァイオレンス映画で主演していた時の精彩を欠いているし、若手の清水健太郎も三浦洋一もジョニー大倉も悪くはないのだが、しかしこのまま彼らが東映ヤクザ映画を支えていけるようには見えず(清水はもっと後にVシネ極道映画を支える存在にはなったが)、「仁義なき戦い」や70年代の中島貞夫のヤクザ映画の傑作にあったギラつきは随分薄くなり、なんともイマイチな出来になってしまっている映画である。

菅原文太が劣化しているわけでもないし、中島の演出だってテンポは悪いがそう落ちた感じもしないものの、全体的に妙に勢いを欠いた場違いさが感じられる。

寧ろ脇で少しだけ出てくる岸田森の殺し屋のクール感の方が目立つほどで、この時期東映はもう東映セントラルフィルム(後にセントラルアーツ)系の映画の方がエッジが立っていたし、こういうそれまでの東映ヤクザの王道路線はどうにも時代と合わなくなっており、それもあって作品自体にも勢いや活気が無くなりイマイチ感だらけな出来映えになっている。

そこには衰退の予兆が感じられる。

当時名画座で見まくっていた70年代の東映実録ヤクザ映画はだいたい面白くエネルギッシュな作品が多いのに、新作がこんな精彩を欠いた出来だったことにそんな衰退の予感を否が応にも痛感せざるを得なかったが、予感は当たり、その後東映ヤクザ映画はなんとか随所で踏ん張りながらも衰退していき、東映テイスト自体もプログラムピクチャーの終焉と共に消滅寸前となっていった。

単に映画の出来が悪いだけでなく、東映ヤクザ映画衰退の予兆の寂しさが映っているようにすら感じられる一篇。
2014/02/18(火) 13:49:30 東映 トラックバック:0 コメント(-)

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