0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「RIVER」

RIVER [DVD]RIVER [DVD]
(2012/09/21)
蓮佛美沙子、根岸季衣 他

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廣木隆一「RIVER」再見、

蓮佛美沙子は秋葉原で起きた無差別大量殺戮事件で恋人を殺され、心身喪失に近い状態になっていた。

恋人の面影を追い求めて秋葉原をさまよう蓮佛だが、そこには地方から出てきて独特のアキバ的活動する者たちがいた。

だがその後東日本大震災が起きて、東北出身のアキバの若者は故郷の惨状を知ることになる。





秋葉原無差別殺戮事件と東日本大震災の両方を題材にした映画。

封切り時に秋葉原事件の犯人に迫る映画なのかと思って見に行ったら恋人を殺された被害者の彼女の話だったのでちょっと拍子抜けしたし、それと東日本大震災を繋げて語るとはなんともあざとい見世物チックな映画だなと一瞬興醒めしかけたが、しかしながら、この映画は実は独自の視点と見解で描かれた秀作だったりするのである。

アキバの事件と震災を絡めたことに大きな意義があったりするところなどは中々の秀逸さなのである。

アキバの事件で心身喪失になった蓮佛の姿とアキバの若者の生態を描きながら、そこにはどこか事件を起こした犯人の虚しい心情の影も感じられるし、蓮佛がアキバをさまようことで、アキバの片隅の小さな居場所で細々と生きている若者の姿も見えてくる。

そしてその後東日本大震災が起きたことで故郷の惨状を知ったアキバの若者は、故郷に居場所が無くて上京しアキバの片隅に追いやられてそこで小さな居場所を作ってなんとかギリギリ生きてきたはずなのに、自分の居場所じゃなかったはずの故郷が震災で破壊され壊滅状態になっているのを見知ると、その壊滅的な場所になってしまった故郷こそが自分の本当の居場所ではないかと自然と思うようになるのである。

これは多分里心というものもあるかもしれないが、だが故郷で排除された者が自分で作り出したアキバの居場所というのが実はアキバ的二次元性に満ちた仮初めの居場所であることに自然と気がつかされてしまうということでもあり、そこにアキバという実態があってないようなバーチャルな存在性を持った街の核の部分も見えてくるのである。

この映画はその意味ではバーチャルと生々しい現実が絶えず不可分であり続ける状態にありながら、どのような構造で錯綜して繋がっているかを殺戮事件と地殻変動のような大震災を通して感じさせてくれるところのある映画である。

廣木隆一らしい映像タッチも悪くないが、それよりも、脚本にちゃんとした独自の視座があるが故に見えてくるものがあり、そういう意味では中々意義深いものを含んでいる作品である。

そんな出色な一篇。


2014/01/05(日) 13:16:25 その他 トラックバック:0 コメント(-)

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