0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「イノセント」

イノセント 無修正版 デジタル・ニューマスター [DVD]イノセント 無修正版 デジタル・ニューマスター [DVD]
(2006/09/22)
ジャンカルロ・ジャンニーニ、ラウラ・アントネッリ 他

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 ルキノ・ヴィスコンティ「イノセント」再見、

 20世紀のローマで、イタリア貴族のジャンカルロ・ジャンニーニの伯爵は社交界にゴシップを流している男でラウラ・アントネッリの妻とは夫婦でありながらその愛情は冷めていた。

 ジャンニーニはジェニファー・オニールの公爵夫人と恋仲となり妻のもとを離れるが、その間妻にも好きな男が出来、ジャンニーニがジェニファーと別れて妻に会うと妻は妊娠していた。

 そのことでジャンニーニは苦悩し始める。







 ヴィスコンティの遺作。

 半身麻痺の状態で撮られた映画で最終仕上げの完成を待たずにヴィスコンティは亡くなったが、映画自体は遺作に相応しい独特な映画になった。

 まあ確かに昔はムッソリーニより人気があって幽閉されたりもしたらしいガブリエレ・ダヌンツィオの原作が腑に落ちんというか、勝手に浮気やっといて、残された妻が寂しくなって不倫し妊娠したら苦悩し始め、ついには小さな子供を殺すなどという最低極まりない鬼畜なことをやるようなジャンニーニのような奴など貴族社会の象徴的な屑としか言いようがないので、こんな奴が最後自殺するのは自業自得だし、だから悲劇的なラストでもなんでもなく、くたばるべく奴が自業自得で死にさらしたラストでしかないと思う。

 しかしながら映画自体はそんな汚れきったジャンニーニや、アントネッリの葛藤をほとんどサイコホラー映画のように撮っていて、ヴィスコンティは本当は日本の怪談のようなものが撮りたかったのかなとも思う。

 原作との変更も、妙に日本のピカレスクな悪漢が怨霊に祟られる話に近いものになっているし、結局罪深き極悪人の侍が怨霊に祟られるように、どうしようもない貴族の屑が自業自得の運命に祟られているような描写の連続になっている。

 台詞よりもアクションや気配で描き、サイレント映画的なまでのシーンが目立ち、それが独特の不気味感を出し、触覚的な鋭敏描写になっているところなどまさにサイコホラーか怪談映画である。

 この独特の触覚的な描写が映画の魅惑を大きく高め、それが最大の魅力になっている。

 まあ原作の主人公に対し、ヴィスコンティが、こんな貴族のクソヤロウは祟られて当然で死んじまえと思っていたかどうかは不明だが(苦笑)、映画自体はまるで罪深き貴族の屑が自業自得で祟られているようなサイコホラー的怪談テイストで撮られていて、恋愛映画とは見えないような不気味感に溢れている。

 そこがとてもいい見事な傑作の一篇。

2013/07/14(日) 13:45:45 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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