0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「甘い夜の果て」

 
甘い夜の果て [DVD]甘い夜の果て [DVD]
(2006/02/25)
津川雅彦、山上輝世 他

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 吉田喜重「甘い夜の果て」再見、

 津川雅彦はデパートの店員だが女たらしで上昇志向が強く、彼女にふられた後ある女を水商売の店に紹介する。

 彼女はある実力者の滝沢修に気に入られたので、津川はもっと滝沢に食い込めと女に言うが女はそんな上昇志向に興味なかった。

 津川は同時に潰れかけてる会社の社長・佐々木孝丸が飲んだくれてるのを介抱して家へ連れていった時にいつも会う、佐々木の死んだ息子の嫁に興味を持ち、付き合って佐々木の会社の跡取りになろうとして関係を迫る。







 松竹ヌーベルバーグ系の作品。

 だいたい毎回松竹ヌーベルバーグの映画は金と欲と色に関しては権力者よりガメツい糞野郎が主役だが(苦笑)この映画の津川もその典型で、貧乏人の金持ちへのヒガミ根性からくる腐った被害者意識でやることなすこと人間の屑な行いをしまくり、しかし最後には全てがうまく行かなくなり自業自得のように破滅していく話である。(ザマぁない。笑)

 まあ他の松竹ヌーベルバーグ映画の主役はここまで酷くないが。(苦笑)

 しかしこの映画はこういう一番の人間の屑が自業自得で破滅する話を、権力や社会や貧困のせいで破滅する若者として描いているような節もあり、そんなくだらんヒガミ根性こそ社会や権力などより醜いクソったれなものなので、そういう意味でラストが破滅的な終わり方なら、このラストは実に醜く浅薄で程度の低い幼稚なラストである。(笑)

 かって若松孝二はだからいつもこの手の人種を描きつつも、それが愚かに醜く堕落してしまうことの矛盾をずっと描いていたところがあった。

 この映画の津川なども、社会や貧困の犠牲者でも何でもない、ただの救いようのない腐り果てた人間の屑でしかなく、テメーで幼稚で下劣で醜い愚かな行為を一番繰り返した挙句、自業自得で破滅していくだけの話であり、そういうくだらない屑を描いた映画というだけで社会や権力のせいなんかにすべき奴では全くないゴミ野郎である。

 この映画の津川などに1ミリたりとも同情などする必要はないし、くだらん同情なんかするような奴はこの津川と同レベルの腐り果てた幼稚な人間の屑であるというだけである。(笑)

 最後の破滅など、ただひたすらせせら笑ってやればいいだけである。(苦笑)

 吉田喜重らしい映像感覚は少ししか出てこないが、それでも随所に映画的な繊細さの亀裂は入っていて、フレキシブルでテンポのいい描写で描かれるので、東映の梅宮辰夫のピカレスクなスケコマシシリーズのように面白く見られる映画にはなっており、映画自体は良い出来である。

 その意味ではヒガミ根性から被害者意識を持つ糞みたいな最低の女たらしの屑野郎を描いたピカレスクスケコマシ映画としては中々面白く、映画自体は飽きさせないものである。

 まあ多分に露悪的に描かれている映画だろうし、この津川の間抜けさや愚かさも含めて、金と欲で回っている世界がいかに腐りきっているかを吉田喜重は描いているんだろうが、しかし断然一番腐り切っている糞野郎はこの津川であり(当然、役柄の話であり、現実の津川氏のことでは全くない)腐った世界以上にこの津川は腐り切った下劣野郎であるから、最後の破滅などただせせら笑ってやればいいだけである。(苦笑)

 ただ映画自体は、それでも、さすが吉田喜重と言いたくなる面白さで描かれている中々佳作な一篇。

2013/04/28(日) 12:42:24 松竹 トラックバック:0 コメント(-)

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