0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「イメクラ戦争 天使のすまた」

 
イメクラ戦争~天使のすまた~ [VHS]イメクラ戦争~天使のすまた~ [VHS]
(1995/11/10)
七瀬みい

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 明石知幸「イメクラ戦争 天使のすまた」再見、

 上杉祥三はイメクラを経営していたが、ある時七瀬みいを見てスカウトし、なんとか理想のイメクラ嬢になってもらおうと特訓する。

 かって上杉の店で働いていた水谷ケイは七瀬にイメクラ嬢になることを勧めていたが、水谷は上杉と対抗するサブの側についていた。

 上杉はサブとの攻防で店存続を危ぶまれる状況となるが、やくざの親分の室田日出男を上客にできればまだチャンスはあり、そのため七瀬にその接客を託す。



 

 にっかつ系Vシネマの艶笑喜劇映画。

 島田元の脚本がイメクラ=イメージクラブというもののそのイマージュの部分を中々映画的に掘り下げていて、七瀬は上杉に言葉からくるイメージによって身体を反応させたりしている。

 そして終いには室田日出男を取り込むために、「小津安二郎映画イメージプレイ」まで描きこまれ、小津風の映画を見ていた室田が、そのままその後、七瀬演じる原節子風の娘と絡むようにもっていき、上杉はひたすらその横で笠智衆調で、というかまるで人間ではないようにのんびりと応対するだけというイメージプレイを描いている。

 思えば映画というものも、そもそもイマージュでしかないわけだが、この映画はイメージプレイを映画というイメージの中で描き、いわば小津映画というイマージュを内在したイメージとなっていて、つまりこの映画自体がイメージプレイになっているようなもので、映画自体がイメクラと化している、というか映画とはイメクラである・・ところまで描いているように思える。

 イメクラ店のセットも鈴木清順映画における木村威夫のセットのように見えるし、バカバカしい中に中々映画的野心が漲っている。

 本当は小津映画のイメージプレイ部分は完璧に小津調で撮ってほしかったところではあるが。

 昔、高田純が脚本を書いた「必殺色仕掛け」も随分とコミカルでポップな中に奇妙な映画としての野心が感じられるものだったが、この作品もイメクラものというありがちな題材を、イメージプレイー映画も実はイメージそのものであるーそのイメージの二重性ー映画自体がイメージプレイー映画自体がイメクラと化すー映画とはイメクラである・・・というところまでやっているようで、実に秀逸な映画的追及を思わせる佳作な一篇。
2013/03/05(火) 13:45:00 日活 トラックバック:0 コメント(-)

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