0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「毒婦マチルダ」

 
毒婦マチルダ [DVD]毒婦マチルダ [DVD]
(2002/08/07)
細貝康介、市川しんぺー 他

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 松梨智子「毒婦マチルダ」再見、

 松梨智子は男の子として育てられ、父に厳しく特訓されて育ったがある時親友に告白され自分が女の子であることを知る。

 そして家出してある男に処女を奪われて女になるが、家へ帰ると北朝鮮のスパイであることを告白した母は殺し屋に撃たれ、松梨はレオンを名乗る殺し屋に助けられる。

 レオンからマチルダという名前をもらい行動を共にするがレオンは死に、その後母を撃った殺し屋に北朝鮮に連れて行かれ、指導者の息子と結婚することになる。





 インディーズ映画の女王と呼ばれていた頃の松梨智子作品。

 今見ると、小さな予算で高速に展開する物語、皮肉に次ぐ皮肉を込めて大きく転回する構成など、モロ後の園子温映画、特に「紀子の食卓」「エクステ」「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「ヒミズ」などの先駆に見える。

 これをさらなる何倍ものの面白さで転回させ、さらなる真摯さと大迫力でやり尽くしてしまったのが後の園子温映画なような感じがしてしまう。

 どう見ても園子温は松梨作品の影響を受けているように思えてしかたがない。(とは言え園は90年代の頃から今のような作風に転換することを半ば宣言していたから一概にパクっているとは言い難いが)

 勿論こちらはあまりにもバカバカしくおちゃらけすぎて描かれているし、皮肉なブラックさは随所にあるもののイマイチお話自体が面白いかというと、よくある小さな劇団の芝居が語るお話程度の感じではあるのだが、それでも日本映画においてこういう語り口や方法というかアイデアで低予算映画を希有に語っていた映画がそうあったわけではなく、思えば後の中島哲也の「下妻物語」や「嫌われ松子の一生」だって大いに影響を受けているのではないかと思えるほどである。

 今見ると、この映画のスタイルをさらに大迫力で面白おかしく大車輪で展開させたのが後の園子温や中島哲也の傑作群に見えて仕方ないので、ひょっとして今松梨智子は、自分が昔やってたことを商業映画デビューした後に、全部大きく拡大され消費されてしまったという失望感を抱えていまいか?と心配になってくるほどである。

 これをもっと斬新な物語展開で真摯かつ大迫力でやっていたら、ひょっとしたら今や日本映画は松梨智子の時代になっていたかもしれないなとすら思える。

 最初にお話のさわりを書いたが、物語はさらに蛇行し大きく急展開していくのだが、結局ベタな芝居とおちゃらけタッチで押しすぎたことで損をしている気がする映画である。

 だが後々の園子温や中島哲也の映画のスタイルを明らかに先んじていたとしか思えない映画である。

 そのことはもっと語られてもいいのではなかろうか。

 なんだか結局先駆者は損をする、という理不尽さを見ながら思ってしまう。
 
 松梨は現在、インディーズで自分のやりたいことを全部吐き出したのと、商業映画の製作スタイルが合わずに活動休止状態なようだが、こういう先駆的な、それも後々の日本映画の一大センセーションとなったような斬新な作風の先駆者が随分損をしているような気がするね。

 まあ松梨ご本人はそんなこと別に思ってないかもしれないが、客観的にはどうしてもそう思えてきてしまう一篇。
2013/01/15(火) 13:37:41 その他 トラックバック:0 コメント(-)

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