0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「八ックル」

 パールフィ・ジョルジ「八ックル」再見、

 ハンガリーの農村の日常をセリフもお話らしきものも無く描き上げられたハンガリー映画。

 しかし環境音としての様々な音はかなり明確に捉えられ、人々の日常もかなりの接写で普段中々見逃してしまうような微細な日常の瞬間を撮っている。

 村人たちの無垢な表情もいいが、小さな虫や動物たちも同じように接写で切り取られ、それが同等に繋がれていることで、まるで虫や動物と等しく共存する人間という生物の生態を撮った動物ドキュメントのような様相を呈している。
 
 タイトルのハックルとはハンガリー語でしゃっくりのことで、最初から最後までしゃっくりを繰り返す老人の無垢な表情が随所に挿入されている。

 つまりこの映画は人間の生活をしゃっくりのような些細な行為の側から見つめた映画ということだろう。

 だから人間の生態がしゃっくり的な微細な行為の繰り返しのような、妙に動物的な生々しさで迫ってくるし、それをスペクタクル感すらある臨場感に満ちた撮影で撮り得ている。

 何か起こりそうな不穏な気配がずっと充満しているのに何もそう特別なことが中々起こらない長閑な日常という、いわば緊張感に満ちた長閑な日常というものが捉えられている。

 しかしアヒルがエサ場へと向かったり、ブタが散歩していたり、村人の労働の作業自体が接写で撮られ、あくまで長閑な日常がドキュメンタリーのように描かれるが、そんな中、徐々に奇妙な出来事が起こっていく。

 おばあさんが作った料理を食べた子猫が死んでしまい、釣り堀の底には死体が沈んでいたりする。

 まるでクロード・シモンの小説を映画化しているような感じだが、そんな中で恋愛や犯罪、結婚などの人々の行為が徐々に浮き彫りになっていく・・というより静かに明滅していく。

 実に素晴らしい見事な映画だと思う。

 ロベール・ブレッソンや小川紳介のようでそれとも違う。

 ドキュメンタリータッチなのにSFXも高速度撮影も使われ、食事をしている人間のレントゲン的な映像まで挿入される。

 まるで映画の根源的魅力を不気味に揺り動かしているような、得難い傑作な一篇。


 
パールフィ・ジョルジ作品
タクシデルミア~ある剥製師の遺言~(通常版) [DVD]タクシデルミア~ある剥製師の遺言~(通常版) [DVD]
(2008/11/05)
ツェネ・チャバ、トローチャーニ・ゲルゲイ 他

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2012/12/27(木) 14:37:09 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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