0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「4:44 地球最期の日」

 
4:44 地球最期の日 [DVD]4:44 地球最期の日 [DVD]
(2012/11/22)
ウィレム・デフォー、シャニン・リー 他

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 アベル・フェラーラ「4:44 地球最期の日」、

 ウイリアム・デフォーは地球があと少しで滅亡するまでの時間を生きていた。

 アーテイストの妻と暮らし、瞑想し、妻はアートに打ち込んでいいたが、デフォーはかっての別れた妻との間にできた娘とスカイプで会話して泣いたりしていた。

 だが別れた妻とも会話したことでそれを見ていた妻に嫉妬され喧嘩になるが、妻は妻でまたスカイプで母に夫のことを相談する。

 周りには地球滅亡に絶望して飛び降り自殺する者も現れ、その飛び降り現場をデフォーは目撃して徐々に精神的に追い詰められていく。



 

 地球最期の日を生きる人々の普通の日常を描いた映画。

 こういう題材だとすぐセカイ系的な物語や終末を描いた絵空事なSFパニックエンターテイメント映画ばかり期待されるが、現実には地球最期の日に、人々は精神的には絶望し追い詰められているが、ただいつものように日常を生きて、人間臭くあがきまわることぐらいしか出来ないだろうから、この映画はこの手の題材にありがちな絵空事な派手なパニック描写ではなく、そういう生々しい人間の現実をこそ描いている。

 だからありがちなセカイ系物語(多少かぶっているところもあるが)や世界の終わりを描いたパニックSF映画などを期待するなら、面白くは見られないだろう。

 しかしこの設定や題材は実にアベル・フェラーラには合っているもので、思えば世紀末の絶望感から、神に救われない状況の中での人間のあがきと絶望感を描き切っていたかっての傑作と、この設定はほぼ同じ状況を描いているとも言える。

 そこで描かれるのは、絶望してただ飛び降り自殺する人々のドキュメント的な姿や、神に救いを求めても虚しく報われない人々の姿や、地球滅亡の最期の日になっても、前のカミさんと話すデフォーに嫉妬した妻が暴れまわって喧嘩になる情景などの、いかにも普通のありきたりな日常と、人間のいつも通りのあがきであり、この映画はまるで、地球最期の日の日常を描いたジョン・カサベデス映画のような様相を呈している。

 だが人々は徐々にありきたりな日常で相も変わらず人間臭くもがきながら、それでもこの追い詰められた状況でそれぞれの内なる核となるべき思いにも気がついていくようであり、最期に妻と顔をくっつき合わせて心から絞り出したような言葉を紡いでいるデフォー(夫婦)の姿にそれが顕れている。

 地球最期の日を示すSF的パニック描写の特撮は実にあっさりしたものでしかないのだが、その状況に置かれた時の人間の普通の日常やその内面をこそ注視して描いている映画である。

 ウイリアム・デフォーも味わい深い好演をしている、実にフェラーラらしい秀作な一篇。
2012/11/24(土) 13:50:42 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

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