0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「悪の教典」

 
「悪の教典」"「悪の教典」





 三池崇史「悪の教典」、

 伊藤英明はハスミンと呼ばれるイケメンの人気教師で先生の間でも生徒にも慕われており、淫行教師に脅される女生徒の問題を解決に動いたり、携帯を使ったカンニング防止策を考えたり、モンスターペアレンツの親と向き合ったりしていたが、徐々に裏のサイコパスな顔が明らかになっていく。

 カンニングは謎の妨害電波が流されて無効となり、モンスターペアレンツの家もある時大火事となって生徒の親は死ぬが、猫除けのために置かれた大量のペットボトルの中にガソリンが入っていて火事は殺人事件として扱われる。

 かねてから伊藤の動向に不審を抱いていた吹越満の教師は、刑事に伊藤への疑惑を暗にほのめかすが、その影で伊藤はその後都合の悪い問題が起こるとどんどん殺人を続けていく。



 

 貴志祐介の原作を映画化した作品。

 前半は妙にダラついており、人物描写や伊藤の表の顔での学校生活が描かれるが、そこでの人間描写がまるでちゃんとしてないため、ただつまらない描写が続く。

 中盤、伊藤の裏の本性が明らかになり始め、吹越が伊藤の過去を洗うシーンや伊藤のアメリカでの血なまぐさい過去の描写辺りでやっと多少の盛り上がりをみせるが、これは原作もそうだったので三池ばかりを責められないが、生徒全員皆殺しに至るまでの描写が実に雑で、ここで原作の雑なところが映画にも出てしまっており、伊藤は一体どこが頭脳明晰なサイコパスなのか??と思えるほど、犯罪者としても稚拙なミスを繰り返しその行き当たりばったりな行動ゆえに「えーい、めんどくせー!」とばかりに生徒皆殺しの殺戮シーンに突入していくのだから、もう途中からは喜劇映画のようである。(苦笑)

おまけに他の教師や生徒たちの描写がほとんどないので、伊藤の一人舞台というか一人殺人パントマイムが描かれるばかりである。

 しかし三池もさすがこのくだりの描写の原作の雑さには気がついていたのか、原作の雑な部分や見方を変えれば緻密さのない稚拙な犯行を行っているあんまり頭いいとは思えないサイコパスの主人公の大量殺人シーンを、ビッグバンドによる「マック・ザ・ナイフ」を派手に流しての大量殺戮ミュージカル・オペレッタシーンのように描いたことでなんとかしているところがある。

 まあこのシーンとてドリフのコントみたいに見えないでもないところがあって笑ってしまったが、長丁場な映画なわりには描写の足りない、なんだか殺人鬼が出てくるハリウッドのB級学園ホラー映画みたいだったりする。

 脚本まで三池が担当したことがちょっとこの浅さの原因ではないかとも思えるが、どうせなら脚本は他の人に書いてもらって、いつものように映画自体を脚本家了承のもと、三池らしくさらに飛ばして行けばよかったんじゃないかと思えるが、それでも前述の大量殺戮ミュージカル・オペレッタのようなシーンは三池らしいとは言える。

 伊藤英明は役にピッタリだが、冒頭に原作者の貴志祐介が出てきて伊藤にやたら「期待してますよ」とか言うのだが、なんだか原作者が映画版の主役にプレッシャーかけてるみたいでここもちょっと笑った。

 しかし伊藤はあまりに一生懸命演じているので「海猿」の時とは正反対のキャラを演じているのにあんまり印象が変わらないなとも思った。(それがいいことなのか悪いことなのか知らんが 苦笑)

 つまらないことはないのだが、しかし随所に難点を抱えている、三池作品としてはそういい方の出来とも言い難い一篇。


  2012/11/13(火) 14:07:44 東宝 トラックバック:0 コメント(-)

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