0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

「母は死なず」

 成瀬巳喜男「母は死なず」再見、

 菅井一郎は勤めていた会社が傾いて大量リストラの中失業するも、その後中々仕事が得られずにいたが、なんとか鏡を拭くクリーナーの訪問販売の仕事を得る。

 しかし妻は体が弱くすでに病魔に侵されており、気丈にも夫を支えようとしていたが手遅れの末期癌にかかっていて、その後遺書を残して死んでしまう。

 妻の遺言を読んで心動かされた菅井は、妻の意思を無駄にすまいと懸命に働いて息子を育てていたが、徐々に不良の友達が息子に増えたことを心配して息子を前以上に気に掛けるようにする。

 その頃菅井はある偶然から一つの発明を成し遂げる。




 先立たれた妻の意思を継いで息子を育て懸命に生きていく菅井一郎を描いた、成瀬巳喜男1940年代の作品。

 淡々としたタッチが逆に状況の悪さを浮き上がらせているのが巧いが、良くできた妻の死のシーンにもメソメソした描写を入れていないところにすらそれは貫徹される。

 訪問販売で仕事がない中飛び回る菅井は、妻の病状の悪化を見逃していたりはするが、明日のない生活をしている菅井一家の苦境がちゃんと伝わってくるので、妻の病状の悪化に気がつけなかった菅井を責める気にはなれない感じである。

 その後菅井は妻の残した遺言の意思を汲んで頑張り始めるが、それは死なせてしまった妻への贖罪の気持ちから故でもあろう。

 まあ中学生にもなった息子に不良の友達が多いからって、日曜日にやたらとどこかへ息子を連れて行ったりキャッチボールをしようとしたりする父親なんて今もいないどころか当時だってそんな思春期の子供にとってウザいオヤジもそうそういなかったろうから、その辺はちょっと疑問というより不思議な感じがするが(苦笑)、まあでも息子はグレもせずに立派な青年になっていくのだから、そんなオヤジの世話焼きもよかったのかもしれない。

 後半は成瀬映画にしては珍しく発明で成功した菅井がどんどん出世していった挙句、戦争に協力的な姿勢を見せて終わっていくが、まあそこでも父と息子の描写がわりと淡々と描かれている。

 全体にある簡潔に流れるようなタッチは成瀬映画らしい巧さだし、それほど濃くはないが人生の暗転から始まるお話も成瀬らしいが、ただ後半は随分いい話になってくなという感じはする。

 だが菅井が成功した姿には十分過去の苦労の跡が感じられ、一人の普通の真面目な人間の人生をそう感傷的にならずに滋味に描き上げたところは成瀬らしいと言える佳作な一篇。


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2012/11/11(日) 15:46:47 東宝 トラックバック:0 コメント(-)

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