0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『裏切りの獣たち』



ドノバン・マーシュ『裏切りの獣たち』、

犯罪都市である南アフリカ共和国のヨハネスブルグで、潜入捜査官のスドゥモ・ムチャーリは危険なアンダーカバー捜査の末に犯人を捕まえるが、犯人逮捕の報奨金を上司に奪われ、その上、上司の汚職まで知って、警察の仕事に嫌気がさしてしまう。

いつまで経っても上司の搾取の中、こき使われるだけだと怒るスドゥモは、潜入捜査中に知り合った犯罪者の強盗計画に協力して大金を稼ごうと考える。

殺人を犯さず、金を奪い取るだけの簡単な計画だったが、気の荒いイスラエル・マコエとスドゥモがハナから対立し、犯罪者同士で仲違いが最初から始まり、おまけにスドゥモが強盗計画に無理矢理誘った同僚警官のプレスリー・チュエニヤハエの正体がバレ、裏切り者が紛れ込んでいるという疑心暗鬼の中、計画は実行される。

スドゥモは監禁されたプレスリーのことを気にしながら、強盗計画の実行に参加するが。





南アフリカ産の犯罪ノワールアクション映画。

潜入捜査官が命懸けの捜査が報われず、ブチ切れて犯罪者になろうとするという設定は面白いが、途中からはよくある強盗映画のパターンで進む。

例によって悪党ばかりの強盗集団にはメンバーの人間それぞれの思惑があり、寧ろ裏切り者扱いされるプレスリーはアンダーカバーではなく、ちゃんと強盗をやろうとして仲間に加わっているのに監禁されるわけだが、計画実行中には仲間同士で殺し合ったり、後半には新たな裏切り者が金を持ち逃げし、その仲間割れがチャンスとなって、スドゥモはプレスリーを助け、金を取り返そうとする。

最初一番気が短くてバカそうな凶暴キャラで出てくるイスラエル・マコエが、結局最後まで一番強敵として描かれているのは意外だが、しかしまあ、事態の急変から展開が変わっていく感じで描かれているので、そうなる可能性もハナからあったとは言える。

一見悪徳警官に堕ちた刑事の、ノワール強盗映画なようで、ラストは何事もなかったようにヒーロー譚となるが、まあそれも展開の妙だと捉えれば、そう唐突な様変わり描写でもない。

ただこれは多分、金を奪われる現金輸送車の警備員が、過去の痛みを相棒に話しながら職務に対する矜持を語るシーンをわざわざ入れているのだが、それを伏線として、スドゥモのヒーロー譚として終わらせているという気もする。

まあまあな出来だが、ワイルドなタッチが題材に合っているとは言える一篇。 2017/02/21(火) 00:41:29 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

『パラダイン夫人の恋』




アルフレッド・ヒッチコック『パラダイン夫人の恋』再見、

ロンドンで盲目の大佐が殺され、妻であるパラダイン夫人=アリダ・ヴァリが犯人として訴えられ逮捕される。

裁判で弁護を担当することになった弁護士のグレゴリー・ペックは、夫人の妖艶な美しさに魅せられていき、恋愛感情から夫人の無実を証明しようとするが、それを感じ取った仲睦まじかったグレゴリーの妻は心配し始める。

その内、大佐の世話人のルイ・ジュールダンが怪しいという状況となり、裁判にてグレゴリーはルイに証人尋問する。




ヒッチコックの法廷・恋愛サスペンススリラー映画。

映画後半はほぼ法廷における裁判シーンだが、冒頭からグレゴリー・ペックは夫人に異様に惚れており、仲の良かった妻の不安な嫉妬心が、前半は恋愛サスペンス的要素として機能していく。

途中からは、かなり怪しいルイ・ジュールダンに対する疑惑と夫人への疑惑がサスペンス要素として機能するが、そのまま後半の裁判シーンに突入する。

鈴木英夫が恋愛映画やサラリーマン映画を撮っても、悉くサスペンスノワール映画になってしまうように、この映画も恋愛映画的部分が全てヒッチコック的なサスペンススリラーになっている映画である。

だからヒッチコックらしさは十分に出ている作品だが、後半の裁判シーンから真相に至るまでの肝心のクライマックスにイマイチ説得力と迫力がないのが惜しい。

結局グレゴリー・ペックの狂った恋愛感情の着地が妙にあっさりしたものにすぎない結末を迎えるし、裁判映画の醍醐味がそれほどあるとも言えず、ゴタゴタしていた状況が、ある事態の急変によって一気に終盤真相の開示に繋がり、妙に呆気なく事件のカタがついてしまうのもイマイチである。

ヒッチコック本人はひたすらキャスティングミスを反省しており、グレゴリーの妻に色目を使う判事のチャールズ・ロートン以外は、グレゴリー・ペックもルイ・ジュールダンもみんなキャスティングミスだったと言っている。

しかしこの映画のグレゴリー・ペックは夫人に狂的に惹かれていく様を異様に演じて好演しているし、夫人との不倫関係の疑惑がある世話人役なのだから、ルイ・ジュールダンぐらいの二枚目が演じていることには必然性があり、それほど違和感は感じない。

寧ろこの映画は見た目からして悪女、ファムファタールとしての存在感バッチリのパラダイン夫人=アリダ・ヴァリをちゃんと描かなかったことに問題があり、グレゴリー・ペックとの絡みのシーンが妙に堅苦しいところも難点な気がする。

どうもヒッチコックは、アリダ・ヴァリをファムファタールとして描くことに、それほど執着心がないように見えるのだ。

グレゴリーの妻の不安な嫉妬心理がサスペンスにちゃんと成り得ているのに、その不安な心理を誘発しているパラダイン夫人の描写が堅い上にあまりちゃんと描かれていないので、それ故にクライマックスが盛り上がらないのだろうと思う。

だからキャスティングミスというより、適役なキャスティングを得ているのに、その個性や存在感を十分に映画の面白さに繋げられなかった、というのが本当のところではないかと思う。

それでもヒッチコックの大傑作ではないだけで、随所にヒッチ的ニューロティック・サスペンススリラーな瞬間がちゃんと露出しており、そう悪くない出来ではある一篇。


2017/02/18(土) 00:05:02 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

『相棒 -劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人! 特命係 最後の決断』




橋本一『相棒 -劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人! 特命係 最後の決断』、

7年前、英国の日本領事館で集団毒殺事件が発生。
一人生き残った少女は国際犯罪組織バーズに誘拐され消えてしまう。

7年後、杉下右京=水谷豊と冠城亘=反町隆史の特命係の二人は、バーズを追う鹿賀丈史と共に捜査するが、バーズの情報を掴んだ捜査官が殺される。

その頃、日本政府に対し、消えていた少女の身代金が要求されるが、日本政府はバーズをテロ組織と認定し身代金要求を拒否する。

そのためか、バーズは50万人が集まる国際スポーツ競技大会のパレードを狙うテロ計画を立てる。

パレードが行われる最中、杉下と冠城は犯人の正体を独自に推理し、追跡する。

事件は70年前のある真実に繋がるものだった。




テレビドラマ『相棒』シリーズ劇場版の第4作。

現在の4代目相棒・冠城亘=反町隆史の劇場版初出演作でもある。

個人的には『相棒』 劇場版の最高傑作だと思う。

前作の3作目がどうにもイマイチだったので、それに比べればかなりの出来栄えである。

『相棒』らしいミステリ的要素を絶妙に盛り込んだスピーディーでテンポの良い展開、

蛇行し変化していく物語と事件の真相、

そしてクライマックスのパレードにおけるサスペンスアクション展開に至るまで、一気に見せる面白さである。

その上でラストには、70年前のある事実にまつわる真相が開示されるが、ここで物語の真相的主題が本格ミステリ的推理の果てに大ドンデン返しのように発覚する。

(ここからは少しネタバレ注意)

このラストに示されている事は、かなり意味深である。

通常、愛国心と反戦思想は対立概念として語られ議論されることが多い。

しかしこの映画は、21世紀の戦争であるテロの時代において、反戦思想の教訓として、テロ対策としての愛国心が描かれるのである。

展開は『相棒 劇場版』第1作に似ているし、テレビシリーズの『相棒 』Season14 元日スペシャル「英雄」で語られた主題とも通底しているように思う。

だがこの映画は、そこからさらに発展した結末を迎えている。

これをただの刑事サスペンスアクション娯楽映画と見るだけなら、銃撃戦やアクションシーンの盛り上がりに欠けるエンタメ作品という風に見えてしまうかもしれない。

しかしこれは、やはり、れっきとした『相棒』の映画版なのである。

「かっての戦争に対する反省としての反戦思想を、21世紀の戦争であるテロを防御するための愛国心として生かす」ということを語っている者など、そんなにいるだろうか。

現在の政治討論番組を見ても、相も変わらず、保守派の戦意高揚と、21世紀の戦争を甘く見ている反戦思想のリベラル派の二元論的小競り合いが未だに反復されているのが現実ではなかろうか。

だがこの映画は違う。

反戦思想を教訓として、21世紀の戦争に愛国心を持って対峙し、その教訓を生かすという、先の二元論を超えた、反戦思想と愛国心が表裏一体であることの重要性を、本格ミステリ的謎解き展開と、伏線の回収技にて導き出し、たどり着く映画になっている。(そしてこれが、ポスターに書かれたコピー「あなたは、生きるべきです。」の真意に繋がっていく)

これまでの世界映画で、およそこんなことを語った映画は稀有ではないかと思う。

もちろんこの映画にも瑕疵はあり、真犯人は最初からなんとなく察しがつくし、救助した少女を管理する似顔絵警察官の体たらくや、パレードの警備員のだらしなさはいかにも漫画チックである。(わざとやってるのかもしれないが)

また活劇展開がちょっとあっさり気味で、物々しく登場するテロリスト側の北村一輝が後半すぐ捕まる呆気なさも気にはなる。

だが先にも述べたように、この映画は一つの意義を見出していると思う。

『相棒』TVシリーズを支えてきた太田愛の脚本は見事だと思う。

劇場版らしい、陰影に富んだ映像も悪くないし、主役の特命係の二人、水谷豊と反町隆史も実に好演している。

また出番は少ないが、かってのレギュラーで、鑑識ではなく警察学校の教官として登場の米沢=六角精児や、元相棒の神戸尊=及川光博も映画に花を添えているし、川原和久や山中崇史の刑事コンビもちゃんと大事なところで活躍、その他片桐竜次や小野了、鈴木杏樹、石坂浩二、山西諄、神保悟志、仲間由紀恵、志水正義、久保田龍吉などなどのレギュラー陣もいつも通りに好演している。

それにしても大物政治家役の江守徹は、かなり見た目が変わっていて、最初江守徹に見えなかったが。

個人的には『相棒』劇場版最高傑作と評価したい一篇。 2017/02/14(火) 00:01:54 東映 トラックバック:0 コメント(-)

『壊れはじめてる、ヘイヘイヘイ』

佐藤快磨『壊れはじめてる、ヘイヘイヘイ』、

サラリーマンの太賀は、仕事帰りのコンビニで、店員の岸井ゆきのにクレームをつけている客を見かけ、訳もわからぬ内にその客に飛び蹴りしてしまう。

岸井は飛び蹴りに感謝し、太賀に付き合ってくれるよう頼む。

カップルになった二人だが、それから太賀は笑顔が少ない岸井のために、店でクレーマーを見かけるたびに飛び蹴りを食らわせては、横でその様子をビデオで撮っている岸井と共に逃げていた。

だが徐々に太賀は飛び蹴りに罪悪感を持つようになり、躊躇し始めるが、岸井はそんな太賀に不満をぶつけるようになる。





文化庁の委託事業・若手映画作家育成プロジェクト=ndjcの作品。

ぴあフィルムフェスティバル出身の佐藤快磨監督作で、クレーマーに飛び蹴りしては逃げるカップルを描いた青春恋愛映画。

設定自体は昔のニューシネマの男女のような感じだが、飛び蹴りカップルってところが変わっている。

しかし飛び蹴りというのは暗喩のようなもので、理不尽な社会生活を送っている太賀の正義感と、社会の生き難さに怒りをぶつける気持ちがない交ぜになったものだろうし、岸井を笑顔にしたいと思い始めてからは、彼女のための飛び蹴りにもなっていく。

しかし同時に飛び蹴りは、理不尽な社会生活の中での太賀の欲求不満のはけ口でもあるのだ。

そのことに気づいた太賀は、それなら同じく社会生活への欲求不満のはけ口でクレーマーをやっている存在と自分が大して変わらないことにも気づいてしまう。

だから飛び蹴りを躊躇し出すのだが、飛び蹴りに正義感と、太賀との接点を見ているのだろう岸井は、飛び蹴りの続行を頼む。

しかしラスト、太賀が、岸井のためにだけ飛び蹴りを続ける、と告げた時、岸井もまた、自分が太賀の飛び蹴りに、自身の理不尽な社会生活の欲求不満のはけ口を求め、恋人を縛っていることに気づき、太賀の元を去る。

青春映画と簡単に括る前に、この映画は上記のような心理的変遷や連繋、葛藤が丁寧に描かれた繊細な映画として秀逸である。

青春映画的な青臭い台詞などほぼないが、それでも二人の微妙な心理的変遷や葛藤がちゃんと浮き彫りになっていく。

移動撮影で捉えられた映像には清々しさと生々しさが感じられるし、太賀も岸井ゆきのも役にピッタリで好演している。

短い映画だが、簡潔にまとめながらも、微妙な心理を繊細に描き得ている、わりと秀作な一篇。


2017/02/11(土) 02:28:56 その他 トラックバック:0 コメント(-)

『首相官邸の女』




若松孝二『首相官邸の女』再見、

駅のプラットホームからの謎の墜落死で、恋人であるジャーナリストの天宮良を失ったOL・青田典子は、野党の衆議院議員中原翔子から、犯人は与党政権の中にいて、天宮はその汚職の実態を掴み記事にしようとして殺されたのだと聞かされる。

復讐に燃える青田は身分を変え、与党の政治家の並樹史朗の秘書となり潜り込む。

身体を使って秘密を聞き出すよう指示された青田は、並樹に肉体関係を結んで取り入り、やがて党の裏金調達の秘密を知らされ、それを管理するのを任される。

さっそくその情報を中原に伝える青田だが、中原の党の上層部がこれをマスコミにリークすることを止めたため、青田の身体を張った潜入は無駄になり、青田は中原に怒るが。





大下英治の原作を映像化した作品。

若松孝二が60〜70年代に撮っていた政治的ピンク映画を、21世紀初頭の政治家の世界の謀略、抗争劇として描いたような作品である。

最初は与党権力者の闇を野党側が復讐のために暴くというありがちな図式だが、お話が展開していく内に野党側の闇や邪悪がどんどん浮き彫りになる。

与党側の汚職の実態も描かれるが、与党議員の政治家としての真っ当な信条の部分も描かれ、中々フェアな視点で描かれた作品になっている。

だから左翼的に偏向している映画では全くなく、権力側の汚職と同時に、野党や左翼側の闇や偽善や邪悪もとことん描いている。

それだけでなく、反体制側の権力者の、実働部隊に対する偽善的な卑劣も、さすがは若松らしくちゃんと捉えている。


終盤にはさらなる混線展開となり、反体制側の実働部隊の誠実な革命意識が、綺麗事を並べながら、その実、権力欲に腐敗しきった反体制政治家の邪悪と偽善を断罪する方向に進み、しかし同時にそれが同士討ちの壊滅作戦でもあったことが描かれる。

逆に、権力側の腐敗も断罪され、与野党両方の膿を出す展開となる。

しかしラストはそれだけでは終わらず、政治的な腐敗と邪悪を巧妙な戦略で断罪した者たちすら、そこから新たな利権と腐敗に向かって進んでいくのであろう予兆を見せて終わっていく。

原作や脚本もいいのだろうが、一筋縄ではいかない政治の世界の錯綜を、中庸な視点で中々うまく描き得ている作品である。


初代C.C.ガールズ脱退後の青田典子は、復讐者としての女秘書役を気丈に好演しておりかなり適役である。

その他若松作品らしく、川上泳や港雄一がチラリと出ていたりするし、栗本慎一郎や上田哲などの実際の政治関係者が出演している。

今また久々に再見しても、有りがちな反体制映画の短絡と偽善と綺麗事を断罪するようなフェアな視点で描かれていることがよくわかる、展開に醍醐味のある佳作な一篇。

2017/02/07(火) 00:06:24 Vシネマ トラックバック:0 コメント(-)
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