0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『ラストミッション』




マックG『ラストミッション』、

CIAエージェントのケヴィン・コスナーは、余命幾ばくもないことを知らされて、これからは今まで蔑ろにしてきた家族と共に過ごす人生を送ろうとパリの妻子のところへ行く。

しかし家庭を顧みない生き方をしてきたため、娘のヘイリー・スタインフェルドと仲良くなれないでいた。

だがその頃、CIAエージェントのアンバー・ハードが、コスナーに最後のミッションを依頼してくる。

それは極悪なテロリストとの戦いであった。

病魔に蝕まれた体でコスナーは娘との関係修復とテロリストとの対決に没頭するが。





マックGが監督、脚本がリュック・ベッソン他、主演がケビン・コスナーというビッグネームが組んだアクション映画。

ケビン・コスナーはエージェントというより殺し屋みたいだが、そう見えてしまうほど、かってヒーロー役ばかりやっていた時代と違って、色々なまわり道をしてコスナーは役の幅を広げてきたので、かなり悪党っぽいワイルドなエージェントにして娘に翻弄される父親役をうまく演じている。

強面な裏の世界の人間が娘に振り回されて家庭を大事にしようとするキャラのギャップは、かっての日本のVシネマなどでよく描かれていたギャップ描写である。

だから脚本はそんなに斬新ではなく、ちょっと懐かしくすら思えるが、何故かケビン・コスナーがそんな役を複数的に演じると古さがあまり気にならなくなり、敵を捕まえてきて無茶苦茶するようで、その相手の人間的な部分にいつも触れていく描写にも面白みがあり、中々うまく出来ている。

やはり、かってなら勧善懲悪のヒーローが似合ったコスナーが、真逆のダーティヒーロー役に見事に似合っているということや、題材自体がB級アクション映画っぽいところが功奏しているのだろうと思う。

娘に翻弄される余命幾ばくもない普通の父親の顔と非情な殺し屋のようなエージェントの顔を同時に切り返すコスナーの演技や描写がわりと面白いし、その切り返しにリズム感すらあり、テンポよく描かれている。

アクションシーンも中々派手だし、『ボディガード』のパロディのようなシーンも入り、映画自体がケビン・コスナーのパスティーシュ的でもある。

アンバー・ハードが準主役っぽく出てくるのに、出番が少なくて地味なのは気になるが、わりと面白く見られる活劇の一篇。 2017/05/23(火) 00:59:44 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

『脱衣麻雀学園Z』




マック・P・フォーエバー『脱衣麻雀学園Z』、

201X年に賭博条例が施行され、政府認可で賭博が合法となる。

そこで、賭博で他国と渡り合えるスペシャリスト育成のための賭博専門学校=トバセンが作られる。

その教室に星美りか他4人の問題児的女生徒が集められ試験が行われることになる。

その試験は、勝てば賭博のスペシャリストとして学園を卒業できるが、負けたら衣服を脱がされ死の制裁、という脱衣麻雀だった。




脱衣麻雀シリーズの1作。

ある種のバトルロワイアルものだが、教師役の川連廣明が一人賑やかし、進行MC、悪役を兼ねて、弾けまくったおふざけ芝居を随所に見せ、星美りかや衣緒菜、昔のスケバン風熟女女子学生の横山みれいらはそれに翻弄されて、生死を賭けた麻雀デスバトルをする羽目になる。

一応心理ドラマや麻雀バトル的な場面もあるが、やはり全編、川連をコメディーリリーフとしたおふざけナビゲートによるデスバトル戦描写が顕著で、負けたら太腿に書かれた恥ずかしい秘密を暴露して爆破という描写に至るまで、ひたすらおふざけコメディーテイストである。

最後にはどんでん返し的なオチがついて終わるが、何でもアリ的な描写の連続なので、まあこういう終わり方もアリかもとは思わせる。

バカバカしいと言えばバカバカしいが、それでも全編おふざけアイデアに手を抜かずに描かれているので、軽い作品だが趣向を凝らした飽きさせない面白さは中々ある方の一篇。 2017/05/20(土) 02:08:21 Vシネマ トラックバック:0 コメント(-)

『ハイジ』




ポール・マーカス『ハイジ』、

少女ハイジ=エマ・ボルジャーは、両親を亡くして母の妹の叔母に育てられた。

だが叔母がフランクフルトで働くことになったため、ハイジはアルプスの山小屋に住むアルムおんじ=マックス・フォン・シドーと一緒に暮らすことになる。

偏屈者のアルムおんじには、過去に人を殺したという噂まであり、最初はハイジに対しても無愛想だったが、徐々にハイジの素直さに触れて心を開く。

ハイジはヤギ飼いの少年ペーターとも大自然の中で楽しく遊んでいたが、ある日、叔母がやって来て、ハイジを無理矢理、金持ちのゼーゼマン家の娘で、足の不自由なクララの遊び相手にするため、フランクフルトに連れて行く。

ゼーゼマン家は執事のロッテンマイヤー夫人=ジェラルディン・チャップリンが仕切っていて、ハイジはクララとは仲良くなるが、無学なところを疎まれてロッテンマイヤーには嫌われるが。







ヨハンナ・シュピリの原作『アルプスの少女ハイジ』の実写映画版。

日本ではアニメ版が有名で、今だに家庭教師のトライのCMで、台詞を入れ替えたパロディ版が流れているほどポピュラーだが、こちらはアルプスの大自然の景観も美しい中、いかにも明朗な児童映画テイストで撮られた実写映画版になっている。

そのほのぼのとした素朴さはアニメ版以上で、いかにも長閑で普通の子供っぽさのエマ・ボルジャーのハイジ役が実にナチュラルで、それが大自然の雄大な美しさや、コミカルにして簡潔なタッチの映画自体にもよく合っており、普通に楽しく見られる。

マックス・フォン・シドーのアルムおんじも風貌といい存在感といいぴったりで、ロッテンマイヤーさん役のジェラルディン・チャップリンは日本のアニメ版よりさらに意地悪にしたキャラ設定だが、狭量な内面の憎まれ役をジェラルディンが見事に引き受けて好演している。

アルムおんじが住むアルプスの人里離れた小屋や大自然の景観や環境は見ているだけでも素晴らしいと思えるもので、こういう大自然描写に実写映画版の良さがよく出ている。

簡潔によくまとまったシンプルな作りの、わりと楽しく見られる一篇。 2017/05/16(火) 00:06:07 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

追悼 月丘夢路 坂野義光




月丘夢路さんが亡くなられた。

先に亡くなられている井上梅次監督の奥さんだったが、その出会いの映画であった、井上監督の、前にここで評を書いた『火の鳥』は、月丘夢路さんの最高傑作だと思う。

波瀾万丈の人生を乗り越えて生きていく女優役を実に堂々と演じられていて素晴らしかった。

他に東宝の『ゴジラ』より先に同じテーマ曲が使われた、これも前に評を書いた、シニカルな松竹映画『社長と女店員 』や、こちらも評を書いている、川島雄三の『あした来る人』の、オタクな男ばかり好きになってしまう女の役や、『白夜の妖女』や『夜の牙』などでの、やたら色気が出ていて煽情的な役どころも良かった。

その他『美徳のよろめき』や『晩春』、『告白的女優論』や『銀座二十四帖』、TV『犬神家の一族』他などなどでも好演されていた。

月丘夢路さん、ご冥福をお祈り致します。



また、『ゴジラ対ヘドラ』の坂野義光監督も亡くなられた。

最近、福島の原発事故に材を取った『シン・ヘドラ』を構想されているという話も出ていたので、それからすぐに亡くなられてしまったのがとても残念である。

こちらは『ゴジラ』シリーズ中、最も好きな作品が『ゴジラ対ヘドラ』で、子供の頃、封切りで観に行って、最もインパクトを受けた怪獣映画がこの作品なので、協力監督や部分的な監督、またはTVでの監督作以外の、正式な映画監督作がこれ1本ではあっても(ゴジラを作中で飛ばしたことで田中友幸プロデューサーの不評を買い、その後監督作が撮れなかったらしい)やはり巨匠だと思っている。

水中撮影の技術を確立され、それを活かした仕事もされていたが、やはり「ヘドラを作った人」というだけでも、歴史に残るべく映画監督だと思う。

坂野義光監督、ご冥福をお祈り致します。



2017/05/13(土) 01:35:12 R・I・P トラックバック:0 コメント(-)

『社長秘書 巨乳セクハラ狩り』

山崎邦紀『社長秘書 巨乳セクハラ狩り』再見、

池島ゆたかは出版社の社長をしていたが、息子の平川直大の婚約者・安奈ともが秘書になり、普段安奈に対するセクハラ妄想を膨らませては、そんな自分に罪悪感を持ち、律していた。

だがある日、会社の真面目な営業マンの荒木太郎が、いきなり安奈にセクハラをして、ベテラン女編集者の佐々木基子に叱責されるも逆ギレして暴れ出し、そこにやって来た池島に怒られた後、アッカンベーして会社を去る。

荒木に注意しクビにした池島だったが、荒木と同じ欲望が自分の中にもあることに池島は気づいていた。

そして不意に荒木が忘れていったコートと、ハンチングを着用すると、なんと池島に荒木の人格が乗り移り、池島は安奈に襲いかかり監禁するようになる。





元々奇天烈設定多しの山崎邦紀の、やたら無茶苦茶な映画。

はっきり言って、途中から笑いが止まらなかった映画である。

特に荒木のコートと、ハンチングを着用すると、何故か池島に荒木の人格が転移してしまってからは、もうひたすら無茶苦茶な展開である。

自宅に帰った池島は無人の部屋で、妻子や安奈の食後のテーブルを見て、勝手に妻と息子が自分をつまらない奴とバカにしていて、秘書の安奈だけが自分を庇い信頼してくれている姿を妄想し、安奈に感謝する。

しかし次の瞬間、(池島の妄想の中で)安奈が自分のことを「お父様」と呼んでることが気に入らなくなり「お父様じゃない!俺は男だ!」と安奈に対して怒り出すのである。(知るかよ)

その後、荒木に勝手に「なってしまった」池島は安奈を拉致・監禁して、絶えず自分(荒木)をクビにした池島社長自身への悪口を、池島本人が吐きながら安奈に襲いかかっていく。(ややこしい奴)

安奈は、何で池島が池島自身に対する悪口を吐きながら、復讐と称して自分を監禁し犯そうとするのか訳がわからないが(そりゃそうだろ)、途中から池島=荒木は安奈を大陸に売り飛ばすとか言い出し(大陸って…)、その大陸からの人買いが、何故か池島の妻・吉行由実と息子だったりするからさらにややこしい。(これも妄想なのか?)

その合間に、会社で池島はニーチェの本を出そうと仕事に燃え、ニーチェの言った「超人」になろうとし始める姿が描かれるが、その超人池島は結局会社でまた荒木が乗り移った状態で佐々木基子にセクハラし襲いかかる。

だが監禁部屋で、ひたすら自分自身の悪口を言いまくる池島=荒木を、レイプされながら見ていた安奈と佐々木が、池島=荒木と一緒になって、池島がいかに腐り果てたクズ人間かを悪口まつりのように罵り始めると、池島=荒木は半分は自分が悪口言われてるのでどんどん凹んでいくのであった。(笑)

最後は、警察に通報されたはずの池島が捕まっておらず、何故か安奈を監禁していた檻の中で一人寝ていたり、池島と安奈が駆け落ちするショットが脈略なく入ったりと、最後まで突散らかったまんま終わっていく。

この映画の頃(2007年頃)、北野武が「TAKESHIS'」(2005年)や「監督・ばんざい!」(2007年)のような内省的妄想飛び交う映画を撮っていたから、その影響があったのか(無かったのか)は知らんが、しかし似たようなことを山崎邦紀がやると、ここまで変テコな妄想映画になるということがよくわかる映画である。

池島ゆたかは元々芸達者だが、ここではかなり怪演している。

また名監督・荒木太郎もインパクトある好演を見せている。

やはり、やりたい放題やった映画という印象ばかりが際立つ(笑)、中々フリーダムで怪作な一篇。 2017/05/09(火) 00:06:24 その他 トラックバック:0 コメント(-)
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