0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

追悼 橋本忍




脚本家の橋本忍さんが100歳で亡くなられた。

100歳とは長生きされ、大往生だなと思うが、間違いなく、日本映画屈指の名脚本家だった。

昨今では、カルトな監督作「幻の湖」が有名になり、それはそれは珍味で愛着ある映画だったが、しかし数々の名脚本作もかなり多い。

サラリーマン時代に書いた「羅生門」の脚本が黒澤明監督に映画化されてデビューし、脚本家になられてからの、「七人の侍」「生きる」他の幾つかの黒澤明代表作や、「日本のいちばん長い日」や「大菩薩峠」他の岡本喜八監督作、原作者松本清張を驚嘆させた「砂の器」他、「黒い画集 あるサラリーマンの証言」「影の車」などなどの松本清張原作映画に、「私は貝になりたい」「日本沈没」「八甲田山」「白い巨塔」などがやはり有名だが、それ以外にも傑作多しの才気溢れる人だった。

正木ひろしのノンフィクションを映画化した、社会派の傑作「真昼の暗黒」と前にレビューをここで書いた社会派サスペンスの優れた秀作「首」、

藤原釜足が強烈なインパクトを残す社会派ノワール「憎いもの」、

こちらも前にここでレビューを書いた、終盤ブチキレた伴淳三郎が糞尿を撒き散らして怒る、まるで「ガルシアの首」みたいな「伴淳 森繁の糞尿譚」や、天災に、いがみ合いながらも立ち向かう熱い男たちを描いた「どたんば」、

佐藤允や天本英世の好演が光る犯罪サスペンス「奴が殺人者だ」や、

成瀬巳喜男の「鰯雲」「コタンの口笛」、

サスペンスノワールの見本のような秀作「白と黒」や、山崎努のピカレスクな魅力が光るノワール「悪の紋章」、

内田良平主演のハードボイルドサスペンス「その口紅が憎い」、

これも前にここでレビューを書いた、学生運動絡みの恋愛青春映画の佳作「別れの詩」と佐田啓二の社会派ノワール映画の佳作「最後の切り札」、

まるで脚本・構成の見本のような時代劇「切腹」や、
その他「仇討ち」、「上意討ち 拝領妻始末」、「風林火山」他などなどの名脚本の数々を書かれた方だった。

漢字を使わずカナタイプで脚本を書かれたことも有名だが、重いテーマの社会派的な題材を、見事な構成のノワールサスペンスやヒューマンドラマに仕立てる才気が特に抜きん出ていた方だったと思う。

いずれにしても日本映画を代表する、映画史に残るべく、実に素晴らしき脚本家だった。

橋本忍さん、ご冥福をお祈り致します。












2018/07/21(土) 02:47:41 R・I・P トラックバック:0 コメント(-)

『ジェロニモ』




ウォルター・ヒル『ジェロニモ』再見、


19世紀、アパッチ族のジェロニモ=ウェス・ステュウディは、約20年近い騎兵隊との闘いを終わりにしたいという騎兵隊側のジェイソン・パトリックやマット・デイモンからの申し出を受け投降する。

アパッチ族は農業を始めるが、しかしアパッチ族の祈祷師が危険な戦いを煽る祈祷をやめないため、騎兵隊が武力行使し、ジェロニモは暴動を起こした挙句逃走する。





ジェロニモを描いた西部劇映画。

それにしても不思議な映画である。

ラストからすると、大概の西部劇が騎兵隊側から描かれているのとは真逆の、アパッチの側の視点から描いた映画に見えるし、日本でのこの映画のストーリー紹介や解説もそんなテキトーな言い方をしているのだが、しかし別にジェロニモやアパッチを可哀想な被害者として描いているようにはとても見えない映画なのである。

寧ろこの映画は、ジェロニモと和解しようとしていたのに、ジェロニモに裏切られた騎兵隊のジェイソン・パトリックやマット・デイモン、またはロバート・デュバルやジーン・ハックマンの引き裂かれた気持ちがメインで描かれている。

この映画を見ていると、だからか何度も約束破りを繰り返す韓国や北朝鮮の卑劣に裏切られ続ける日本政府の引き裂かれた気持ちに近いものが描かれているように見えるのである。

ジェイソン・パトリックやマット・デイモンはアパッチを殺そうとする者たちからアパッチやジェロニモを守り続けてきたし、ジェロニモにはかなり誠実に接してきた。

それでジェロニモは投降する気になったのだが、しかしアパッチ族は、騎兵隊が禁止した、戦いを扇動する祈祷師の愚行で盛り上がり続け、それで騎兵隊は武力行使に出たのである。

これから騎兵隊とアパッチが和解しよう、ジェロニモも投降したというのに、禁止してきた戦いを扇動する祈祷で盛り上がるなんて、そんなもん、まるでオウム真理教がサリン事件後に生まれた教団で、また麻原の教義で沸き立つぐらい危険な行為だから、そりゃ騎兵隊も怒るだろう。(ところが日本のストーリー紹介では、その危険行為を「アパッチの些細なこと」だと言っているのだ。なんちゅーバカげた紹介だ)

そして、そうなった時、ジェロニモは禁止事項を破ったアパッチ族を嗜めることもせず、それどころか、ブチ切れた挙句、何の罪もないアメリカ人をまるでISISのように大量虐殺するのである。

当然、ジェイソン・パトリックもマット・デイモンもこれには怒るが、それでも彼らはアパッチを守ろう、ジェロニモとは話し合いをしようとするのである。

ジェロニモはだんだん仲間もいなくなり、結局また投降するのだが、それは明らかに自分が追い詰められて殺されたくない保身からだろう。

当然、ジェロニモやアパッチは約束を反故にした挙句、何の罪もない人間を大量虐殺したのだから刑務所に入れられるのは当たり前だと思うが、しかし彼らはラスト、白人に裏切られた、騎兵隊に裏切られたと言い、映画はその怨み節を被害者の言葉のように描いて終わるのだ。

だからラストからすると、こんなテロリストと北朝鮮が合体したような奴らの卑劣な言い分を正当化するとは気が狂っているのか、ウォルター・ヒルや脚本のジョン・ミリアスは!と思えるのだが、しかし何故そう思えるのかと言えば、それはウォルター・ヒルやジョン・ミリアスが、ラスト以外はジェロニモを犠牲者とも被害者とも正義の人とも決して描かず、ジェイソン・パトリックやマット・デイモン、ジーン・ハックマンら騎兵隊の和解の気持ちや良心を踏みにじった大量虐殺者の人間のクズとしてちゃんと描いているからである。

決してジェロニモやアパッチを騎兵隊の犠牲者や被害者とは描かず、ヤバくなると命乞いするくせに、約束は破るし、それを罰するとブチキレて大量虐殺を平気でやる人間のクズのテロリストとして描いていて、そんな奴らを信用してくれた騎兵隊のジェイソン・パトリックやマット・デイモンがいかに裏切られ、アパッチやジェロニモに踏みにじられたかをちゃんと描いているからこそ、ラストだけアパッチやジェロニモを被害者にしている終わり方のバカげたおかしさが際立つのである。

なんとも不思議な映画である。

ラストからするとアパッチやジェロニモを被害者として描いているように見えるのに、その実、映画全体としてはジェロニモがいかに残虐なテロリストだったかを描いた映画に見えるのだ。

およそ騎兵隊の活躍を描いた1950年代の西部劇でもここまでジェロニモを残虐なテロリストとして描いてはいないだろう。

それでラストだけ被害者扱いしたってね…(苦笑)

そんなアンビバレンツで不思議な西部劇の一篇。 2018/07/17(火) 00:03:52 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

『極道黙示録』




辻裕之『極道黙示録』、

神奈川から勢力を伸ばして巨大になった組織は、東京に拠点を作り、全国制覇を画策していた。

その大組織の支配を危惧した東京の古い一家の呼び掛けで、関東以北のヤクザ組織は連合し、大組織を結成する。

この二つの大組織はしばらく均衡を保つが、しかし、新進女優の自殺に絡む政治スキャンダルによって均衡が壊れそうになる。

神奈川系大組織の三羽烏と呼ばれる、若頭の小沢仁志と若頭補佐・小沢和義、直参の武蔵拳は、組長の白竜の元、東京の連合組織との抗争を覚悟する。

しかしそれにより、オリンピックやカジノ計画に絡む、警察との裏取引や大物政治家などの日本の巨大な闇が浮き上がってくる。

日本の首領を巡り、抗争は激しくなってゆくが。




三羽烏と呼ばれる三人を中心に描いたヤクザ映画。

小沢仁志と弟・和義が同じ組の若頭と若頭補佐役を演じているが、さすが兄弟、息が合っている。

小沢は女性に暴力を振るう奴には(トラウマかららしいが)異様に怒り、殺意剥き出しで殴りかかる役どころである。

だから新進女優で、元は知り合いの会社のOLだった女性への政治家の酷い仕打ちにも並々ならぬ怒りをたぎらせる。

加納竜が敵役の渋い組長役で、大沢樹生も終始グラサンをかけた渋い役をやり、元イケメン俳優とイケメンアイドルが、随分と渋みを見せている。

また本宮泰風も若い頃やっていたぐらいの貫禄のヤクザ役で、多少他のVシネ極道映画で演じている役とは違う個性になっている。

シリーズものの最初らしく、様々なキャラ設定や陰謀渦巻く組織や胡散臭い政治家たちをそれぞれ描いているが、まだ特別大きなことは起こらず、前哨戦的な抗争の様相を呈している一作目となっている。

途中新進女優の自殺の殺人疑惑を巡って、小沢らは女優と生前懇意だったキャバ嬢を保護したのに、そのキャバ嬢がすぐ事故に見せかけて殺されてしまうところは解せぬが、色々とミステリアスな要素で引っ張っていく展開はそう悪くない一篇。 2018/07/14(土) 00:06:33 Vシネマ トラックバック:0 コメント(-)

『シェイド』




ダミアン・ニーマン『シェイド』再見、

ベテラン詐欺師のガブリエル・バーンと、天才ギャンブラーのスチュアート・タウンゼントとタンディ・ニュートンの3人は、チームワークを誇る詐欺師グループだが、彼らはラスベガスで一攫千金を狙っていた。

3人は綿密な計画と巧妙なテクニックで大きな仕事を成功させる。

だがある時、カモから大金を奪うも、それはラスベガスを牛耳るマフィアへの上納金だった。

その後、3人は、伝説のギャンブラーの無敗のディーン=シルベスター・スタローンと対決することになるが、その勝負には様々な思惑が入り混じっていた。





凄腕ギャンブラーたちの戦いを描いた、コンゲーム映画。

監督のダミアン・ニーマンはポーカーの達人らしく、その知識と経験から生まれたスリリングなコンゲーム映画だが、この映画は、たぶん、ちょっと前まで放映していた長澤まさみ主演のTVドラマ「コンフィデンスマンJP」の元ネタではないかと思う。

途中のスリリングな心理戦から、騙しのテクニックに、ドンデン返しのパターンまでかなりよく似ている。

詐欺師チーム3人組も男2人に女1人で同じだし、さしずめガブリエル・バーン=小日向文世、スチュアート・タウンゼント=東出昌大、タンディ・ニュートン=長澤まさみといったところだろうが、それぞれのキャラと人間関係はかなり違う。

最後にスタローンが無敗のギャンブラーとして3人に対峙するが、ここからラストまでは終始3人が仲良しだった「コンフィデンスマンJP」とは違い、真の騙しのターゲットが意外な人物だったことがわかり、チームは崩壊して終わってしまう。

スタローンの元恋人のようなメラニー・グリフィスには妙に貫禄があり、役に合っている。

それなりにテンポよく、どんでん返しの連続の展開なのでわりと面白く見れる。

ガブリエル・バーンはかなり適役だし、スタローンもラスボス的ギャンブラー役に合っている。

ギャンブラー映画というよりは詐欺師を描いたコンゲーム映画的要素の方が強いが、ポーカーに関する描写も監督のこだわりだろうが、わりとちゃんと描いている。

それなりに面白い佳作な一篇。


2018/07/10(火) 00:06:39 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

追悼 ロビー・ミューラー




撮影監督のロビー・ミューラーさんが先日亡くなった。

やはりヴェンダース映画のキャメラマンという印象が強いが、後にドイツからアメリカに渡り、多くのハリウッド映画の名キャメラマンとしても活躍された。

しかし個人的にはやはり、ドイツ時代のヴェンダース初期作の撮影に思い入れが強い。

特にヴェンダースの「都市の夏」、「ゴールキーパーの不安」、「緋文字」、「まわり道」、「都会のアリス」、「アメリカの友人」、そしてあの素晴らしき「さすらい」の撮影は、監督ヴェンダースの才気故もあろうが、完全に映画原理的な画面を実現していた。

「都市の夏」には映画というものの原理が剥き出しになっているように思ったし、「まわり道」も映画の冒頭から最後まで、ずっと映画そのものだった。

それは「さすらい」も特にそうで、最初から最後まで、画面が映画原理の塊のように思え、まるで映画そのものの地肌にダイレクトに触れているような気すらした。

アメリカ時代のヴェンダース作品「パリ、テキサス」の撮影の、アメリカ映画というものが剥き出しになったような素晴らしさにも息を飲んだが、「都市とモードのビデオノート」や「夢の涯てまでも」の撮影も良かった。

「L.A.大捜査線 狼たちの街」は、エンターテイメントな刑事アクション映画だが、しかし内容自体はかなり倒錯した刑事映画で、その異様な世界観を見事視覚化した撮影は極めて秀逸であり、かなり印象深いものがあった。

アメリカ時代は、ヴェンダースの助監督だったジム・ジャームッシュの映画の撮影をよく担当されたが、「ダウン・バイ・ロー」、「ミステリー・トレイン」、「ゴースト・ドッグ」、「コーヒー&シガレッツ」の撮影はやはりどれも映画的に美しかったが、特に「デッドマン」の厳格なモノクロ映像の深みと鋭い美しさは、生と死の境界線の厳格な視覚化のようにすら思えて、何か凄ざまじい気配を感じた。

その他ラス・フォン・トリアーの「奇跡の海」、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や、元はエリック・ロメール映画のプロデューサーだったバベット・シュローダーのアメリカ映画「バーフライ」他などの撮影も見事だった。

ちょっと前に亡くなられた、たむらまさき氏も世界映画史に残るべく名撮影監督だったが、ロビー・ミューラー氏も間違いなく、世界映画史に残るべく、実に素晴らしき撮影監督であった。

ロビー・ミューラーさん、ご冥福をお祈り致します。










2018/07/07(土) 00:06:01 R・I・P トラックバック:0 コメント(-)
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