0線の映画地帯 鳴海昌平の映画評

『不純な制服 悶えた太もも』

竹洞哲也『不純な制服 悶えた太もも』再見、

卒業式当日、女子高生のAya(福永あや)はラブホテルで援交することでそれを卒業記念とする。

卒業後に当てもないAyaは、幼馴染の松浦祐也と共に、服役中の兄貴分の石川雄也が残した銃でヤクザ事務所に強盗に入り、つまらない日常を打破しようとする。

松浦は本当は乗り気じゃなかったが、Ayaに気があったため渋々片棒を担いでいた。

二人は強盗をする前に借金のことで頭が一杯の人妻・田中繭子を引っ掛けたため、仲間に加えていた。

その後田中には口止め料を払い、Ayaと松浦は、鉄砲玉としての仕事をして服役中の兄貴分・石川から、恋人の青山えりなに手紙を渡してほしいと頼まれていたので、青山のいる日本海のとある町へ行く。

その頃、ヤクザの世界で「生け捕り屋」と呼ばれる吉岡睦雄と世志男の二人がAyaらを追っていた。

二人は借金を一気に返した者を調べ、田中に近ずいて、Ayaと松浦の行方を追う。





犯罪映画的な設定の恋愛青春映画。

終始Ayaの行動が無茶苦茶に見え、なんだか物語自体がAyaの無茶な行動に振り回されているようにも見えるが、Ayaがそういう役どころを極めて自然に演じているので変な無理がない。

またAyaは同時に、意外と義理堅いキャラでもあったりする。

後半はダラダラしたロードムービー的な展開に生け捕り屋の二人がコミカルな殺し屋のように登場し、なんだかAyaとダブル主演みたいにも見えてくる。

また終盤に入るとメロウな青春恋愛映画の様相も呈して、中々情緒ある映画になって終わっていく。

特に日本海に面した町の景色が、徐々にAyaや松浦の心情と重なっていき、独特の叙情が映画終盤に拡がっていく辺りは秀逸ですらある。

コミカルさとユルさとドラマ的な絞り込みのバランスが、一見そうは見えないが、わりと取れていて、元々そういう按配がうまい竹洞哲也らしさがよく出ている作品とも言える。

Ayaや松浦祐也だけでなく、田中繭子=佐々木麻由子も、生け捕り屋の二人も、皆キャラが立っているので、唐突な描写が多かったりダラダラしているわりに面白く見られる。

中々悪くない青春恋愛映画の佳作な一篇。
2017/10/21(土) 00:06:25 その他 トラックバック:0 コメント(-)

『ネイビーシールズ:オペレーションZ』




スタントン・バレット『ネイビーシールズ:オペレーションZ』、

ルイジアナ州ニューオーリンズにアメリカ副大統領が遊説に来るが、急に音信不通状態になり、バージニア州ダムネックの海軍司令部に救援要請が出される。

副大統領救出の指令を受けたネイビーシールズ隊員たちは現地へ出向くが、そこにはゾンビが大量にいて苦戦することになる。

世界最強の精鋭部隊ネイビーシールズは、副大統領救出のため、ゾンビの大群と戦うが。





アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズ対ゾンビの大群の戦いを描いたアクション映画。

しかしネイビーシールズの良さもゾンビ映画の魅力も何も出ていない中途半端作である。

監督のスタントン・バレットは、元々レースドライバーやスタントコーディネーターらしいが、そういう人の監督作特有の派手なスタントの見せ場がそうあるわけでもなく、ひたすらどこが世界最強の精鋭部隊なのか?と言いたくなるほどモタついたネイビーシールズの戦いぶりと、ゾンビ軍団の大して芸もない単調な襲撃や安いCG場面が描かれるばかりで、さっぱりダメな映画である。

だいたいゾンビ映画のパイオニアであるジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』にしてからが、そこらの一般人がゾンビ軍団に対して、ショッピングモールを舞台にした大規模なシューティングゲームか市街戦並みの派手な銃撃を繰り広げていたのに、世界最強の精鋭部隊であるネイビーシールズが、単調な襲撃しかしないゾンビ軍団相手に、それより遥かにショボい戦いぶりでしかないという点でこの映画は終わっている。

ネイビーシールズは面倒臭い命令系統にゴタゴタするばかりで終始要領を得ないことを繰り返しているし、それでゾンビがかなり強力ならまだ話もわかるが、大して迫力もない普通なゾンビ軍団が単調に暴れるばかりなのに、ひたすらモタついているネイビーシールズが描かれるばかりである。

最後はネイビーシールズ隊員の勇敢さを讃えて終わるが、まあそれはそれで称賛するのは結構なのだが、しかしその前のゾンビ軍団との戦闘場面がイマイチなので、どうにもせっかくの隊員の称賛に感動が薄いというか、盛り上がりに欠けてしまうのが残念である。

ネイビーシールズのモタつきぶりが、リアリティーを追求してそうなっているなら、まあそれはそれで絵空事を描いていないリアルさとして評価もしたいが、しかしただ作劇がモタつき、ゾンビ軍団の描写に工夫もなく、ただ単に映画がヘタなだけとしか言いようがないのでどうしようもない。(苦笑)

そんな中途半端な残念作の一篇。 2017/10/17(火) 00:06:43 外国映画 トラックバック:0 コメント(-)

『アウトレイジ 最終章』




北野武『アウトレイジ 最終章』、

関東の大暴力団組織・山王会と関西の大組織・花菱会との抗争の後、ビートたけしは韓国に渡り、日本と韓国の間の大物フィクサー・張会長=金田時男のところにいた。

だがある日、取引きで済州島に来ていた、たけしのやっているデリへルの客の花菱会幹部・ピエール瀧がトラブルを起こして、たけしらと揉めた挙句、会長の手下を殺したため、張グループと花菱組のトラブルに発展していく。

怒るたけしと子分の大森南朋は日本に戻り、過去を清算しようとしていた。

その頃、花菱会ではトップの座をめぐって、証券マン上がりの会長・大杉漣と、叩き上げ幹部の西田敏行らの間で内紛が起こり、大杉は西田を、跡目を取らせる約束を餌に塩見三省に抹殺させようとするが、西田側の塩見は西田を張グループが殺したように偽装して、大杉への巻き返しを画策していた。




『アウトレイジ』シリーズ最終作。

だが、3作中では一番タイトにして地味な出来かもしれない。

どうやら最終作はあくまでドライに描いたということらしく、おまけに『ソナチネ』っぽさも排除したようで、それが物足りなく感じさせもするのだが、それでもタイトに展開していくダレの無さや、全体に溢れる北野武映画独特のダークな色調や気配はばっちり健在で、これは素晴らしかった。

アクションシーンもちょっと少ない気がしたし、おまけに花菱会と揉める韓国の張グループ側が全く抗争する気がないので、抗争はあくまで花菱会上層部のモメごとメインとなり、ほとんど西田敏行と塩見三省のお話に見える。

今作では前作以上に、西田や塩見らの迫力満点の顔芸で語るスタイルが、およそ伊丹十三『ミンボーの女』の中尾彬の顔芸ぐらい露骨になったが、それが映画の強度にはなっているし、この顔のクローズアップの多さやフェイドアウトなどの挿入の仕方が、さらにハリウッド50年代のギャング映画っぽいタイトさになっている。

それに幾ら花菱会の内紛ばかりとは言え、そこに花菱会のヤクザとは全く違う行動原理で動くたけしのフリーダムな襲撃が不意打ち的に巻き起こるので、今までで一番ややこしい抗争にも見える。

実際映画の展開自体、かなり捻った展開を見せる。

今回のたけしの役どころは、たぶんシリーズ中で最もカッコイイ、殺し屋的な役どころだが、ただそれが義理を重んじる任侠ヤクザ=たけしと実利にしか目がない現代ヤクザの対立の構図という、ありがちな任侠ヤクザ映画のパターンにハマりすぎた感が少しなくもない。

また前作の高橋克典の台詞無しのヒットマン役のような強烈な端役のサプライズがないのも惜しい。

たぶんそれは原田泰造の族上がりのヒットマンに代替されたのだろうが、さすがにあの高橋克典の存在感にまでは至っていない。

それと松重豊の刑事はちょっと中途半端な役どころだし、名高達男、光石研の組もイマイチ地味である。

また池内博之はどういう立場なのかよくわからない内に殺されてしまった感もあった。

しかしそれでも、キャスティングはほぼ完璧ではないかと思う。

特に張会長役の金田時男の存在感は前作以上だろう。

Vシネ系俳優陣も脇ではあるが、いつも以上に出ていたが、中でも白竜は脇ではなくほとんど準主役に近い役どころで好演している。

編集があっさり気味で、ラストも随分あっさり終わるなとは思ったが、それがダレない映画のテンポを作り出しているし、北野武映画独特のリアルな気配と緊張感が充満したダークな映像世界のアクセントにはなっている。

と、全体的には地味になった印象もあるが、それでもタイトな魅力ある最終作にはなっている佳作な一篇。 2017/10/14(土) 00:07:52 その他 トラックバック:0 コメント(-)

『散歩する侵略者』




黒沢清『散歩する侵略者』、

長澤まさみは、数日間行方不明だった夫・松田龍平が、別人のような態度になって帰ってきたことに戸惑う。

松田は奇妙なことを言いながら、毎日どこかへ散歩に出かけるようになるが、たまたま来ていた長澤の妹・前田敦子は松田と接した途端、長澤に不可解なほどによそよそしくなる。

町では一家惨殺事件が起こり、女子学生の恒松祐里が行方不明になっていたが、取材を進めるジャーナリストの長谷川博己は、自分を宇宙人だと名乗り、地球を侵略に来たと言う高杉真宙に出会い、行動を共にするうちに徐々に異様な事態に気づく。

国家が動き出し、かなり不穏な空気に包まれだした頃、長澤は松田から「自分は地球を侵略しに来た宇宙人だ」と告白される。





黒沢清監督が劇作家・前川知大の劇団イキウメの人気舞台を映画化した作品。

終始ヘラヘラしている上にクソ偉そうな侵略者の二人、恒松祐里と高杉真宙には、正直ずっとムカついた。

しかしいかにも黒沢清映画らしい演出で描かれているし、ムカつくほど人間の常識が通用しない常軌を逸した存在として侵略者を描いているようにも思え、見た目がモンスターのような宇宙人も宇宙船も出てこない中で、逆に侵略者としての宇宙人=モンスターのリアリティを追求しているような気もしてくる。

長澤まさみの反応の不自然さにも失笑させられる場面が随所にあった。

特に長澤が、松田龍平が地球を侵略に来たことを長谷川から知らされた後、車の中で、侵略に来たことを何で言わなかったのかを松田に聞く場面など、まるで会社をリストラされたことを何で言わなかったのかと旦那に聞いてる妻のような言い方で、ことは地球侵略話なのに、そのあまりに日常的な会話ぶりには失笑するしかなかった。

しかし黒沢監督のことだから、人類存亡の危機を日常会話的な演出で描くというのも、ワザとやっているような気もしてくるが。(それにラストへの伏線になっているとも思える。)

ただ、侵略者は人間の身体を転移し、乗り換えていくらしいのだが、それでも銃撃すれば肉体は死ぬのに、国家側がそれを中々しないのはご都合主義にすぎる。

その上、二人の侵略者は地球侵略の準備が整ったからと、最後のツメもしないで、身体が破壊された後、他の人間の身体に乗り換えもせずフェイドアウトするのだから、乗り換え設定は結局全く使われないままだったりする。

国家側の上層部も笹野高史一人だけに代表させているショボさで、ちょっと国家側の描写が薄すぎる気もする。(まああまりそっちを大仰に描くと、ドラマ的に焦点がボヤける難点も生まれるから難しいところだが)

また誰もが、見も知らない子供の身体の侵略者に屁理屈並べられて「想像しろ」と言われると、皆がイチイチ言いなりになって侵略者に人間の概念を奪われるというのも不自然すぎるし、この設定は、どうにも黒沢監督の「CURE」の可愛らしいパロディコントみたいにも見えてくる。

長谷川博己は侵略者のサンプルとして生き延びたくて最後人類を裏切ったのかもしれないが、その辺りの描写も不明瞭である。

ただ長谷川博己は黒沢清映画似合うなとは思ったが。

地球侵略に関し、最新の科学データや知識を披露して、もっともらしくリアリティを積み重ねようとは全くしていないし、侵略者の侵略装置もいかにもハンドメイドな見た目で、理工系ではなく、文系のSFを思わせる。

ただ途中ちょっとだけ出てくる東出昌大の牧師にはかなり存在感があり、全体的に60年代のB級SF映画か、SF短編みたいなテイストがいい味わいになってはいる。

この映画は松竹映画(&日活)だからか、ついついかっての松竹SFホラー『吸血鬼ゴケミドロ』『吸血髑髏船』『昆虫大戦争』の末裔的作品にも思えてくる。

黒沢映画らしい不気味な影の描写も、かなり不穏な気配を漂わせていて健在である。

また、ハリウッド黄金期の恋愛喜劇映画みたいなサントラを、殺伐としたシーンでも流すセンスも悪くない。(その他ハリウッド黄金期にアンソニー・マンとかが昔よくやっていたような、屋内と屋外をワンショットで捉えて、そのままカメラを移動してワンシーン、ワンカットとして撮ってしまう古典的な描写の場面も良かった。)

それに何と言っても、荒唐無稽な設定のお話をかなり不思議な蛇行した展開で描いているので、そこそこ長い上映時間なのにまるで飽きさせないのも秀逸である。

そして、この映画の最大の美点である、最後のオチの、実にさらりとした見せ方=終わり方はもう素晴らしいの一言だったりする。

このラストのオチを見て、長澤まさみの妻役がいかに適役だったかがよくわかった。

ここからは、ややネタバレになるが、
結局、この映画は「愛は、地球を、人類を救う」という映画だと思う。

それも長澤まさみの愛の概念が人類を、地球を救ったのだろう。

侵略者松田龍平は、長澤から愛の概念を奪うのだが、たぶんその瞬間、侵略者松田に愛の概念が充満し、それが地球侵略をやめさせたのだろう。

長澤まさみは夫の松田が侵略者であり宇宙人だと知っても、松田から離れず、松田を救おうとしていた。

その場面は地球侵略話をしているのに、あまりにも日常的すぎて、失笑してしまったことは先に書いたが、しかし実は、この失笑を誘うほどの長澤の「日常的な愛情の概念の方が地球侵略なんぞより上」という価値観が、それを奪った侵略者を変貌させてしまったのだから、先の長澤の不自然にも見えた対応は、やはりラストへ向けての伏線だったのだろうと思う。

ラスト、愛の概念を、まるでかっての侵略者たちのように失った妻・長澤のそばで、逆に愛の概念を長澤と入れ替わりで移植された元侵略者の夫・松田が「ずっと一緒にいる」と言ってエンドとなるが、やはりこのさらりとした終わり方というか、ラスト一言で多元的に全てを語るオチの見事さに救われている映画だと思う。

そういう意味では、結局中々の佳作になっている一篇。 2017/10/10(火) 03:15:31 松竹 トラックバック:0 コメント(-)

『破門組 Ⅱ』




金澤克次『破門組Ⅱ』、

破門組の組長・原田龍二は、木更津で暴れる若いチンピラギャングにヤクザ組長の堀田眞三が殴られたため、堀田の依頼でギャング一派を懲らしめるが、ギャングのリーダーは巨大組織組長の実子だった。

破門組はその組長に慰謝料と組長引退を要求する。

しかし次にまた堀田の依頼で、破門組の木村圭作が中国人の悪党組織を退治に行くも、これは罠で、相手はチャイニーズマフィアとプロの殺し屋であり、実は大組織による報復だった。

圧倒的な結束力の破門組に危機が迫る。




破門組シリーズの2作目。

破門組の面々はクールなリーダー原田龍二をメインに、マッチョな松田優、武闘派の木村圭作、男色の宮本大誠、ダンディな川本淳市と皆キャラが立っていて、それぞれがコミカルな上に魅力的なチームだが、2作目では大組織に靡いた堀田の裏切りに遭い、窮地に陥る。

結束力の強いチームなのだから、危機になっても、まあ一人一人死んで行く終わり方を想像させたのだが、しかしながら、なんとチョロっと出てくる大組織の藤巻潤に言いくるめられて、破門組のメンバー2人が最後に裏切り、結局メンバー同士で殺し合って、破門組崩壊でエンドとなる。

一応生き残った原田と、原田を逆恨みしていたのに、不本意ながら原田を助けた中丸シオンの二人が新たな破門組ということになって終わるのだが、別にテキトーに寄り集まってるヤクザの愚連隊の結末が内部分裂の殺し合いで終了ならそう意外でもないが、破門組はまるで特撮戦隊ヒーロー集団並みにメンバーがそれぞれコミカルにキャラ立ちしてまとまっていただけに、なんとも意外な終わり方だなとは思わせる。

尚、パッケージの大沢樹生は文字通りの友情出演で、チョロっと出てくるだけである。

後半はわりとハードなアクション展開になる、一応捻りはある一篇。 2017/10/07(土) 00:06:28 Vシネマ トラックバック:0 コメント(-)
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